家族

ため息が出るほどすばらしい映画!「家族の誕生」(2006) ムン・ソリ、コ・ドゥシム、コン・ヒョジン、オム・テウン、ポン・テギュ、チョン・ユミ出演

2020-02-16

いっしょに過ごした時間が家族をつくる。そうして、ゆるやかな家族が生まれていく。

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作品情報

  • 受賞 2006 第27回 青龍映画賞 監督賞・女優助演賞(チョン・ユミ)
       2007 第44回 大鐘賞映画祭 最優秀作品賞・脚本賞
       他
  • 評価 4.5★★★★☆
  • 制作 2006年
  • 公開 2006年5月18日
  • 観客動員数(ソウル)75,078人、2006年68位
  • 原題 가족의 탄생(家族の誕生)
  • 英語題 Family Ties
  • 監督 キム・テヨン
  • 脚本 ソン・ギヨン、キム・テヨン
    出演
    ムン・ソリ---イ・ミラ
    オム・テウン---イ・ヒョンチョル、ミラの弟
    コ・ドゥシム---オ・ムシン、ヒョンチョルの妻
    コン・ヒョジン---ユ・ソンギョン、日本語ガイド
    キム・ヘオク---メジャ、ソンギョンの母
    ポン・テギュ---チェ・ギョンソク、大学生、ソンギョンの異父弟
    キム・ヒス---幼いキョンソク、ソンギョンの異父弟
    チョン・ユミ---チェヒョン、大学生、ギョンソクの恋人
    チュ・ジンモ---ウンシク、メジャの愛人
    イ・ラヘ---幼いチェヒョン
    リュ・スンボム---チュノ、ソンギョンの元恋人
    キム・コッピ---麺屋常連学生
    チョン・フンチェ---ミラの恋人
    チョ・ヒボン---エンディング、駅で交差する男
    ウ・ヒョン---エンディング、駅で交差する男

あらすじ(ネタバレなし)

<ミラとヒョンチョル>姉と弟
ある日突然、ミラ(ムン・ソリ)に5年間音信不通になっていた弟ヒョンチョル(オム・テウン)から電話がかかってきた。明日実家に帰って来ると言う。ミラは飛び上がるほど喜び、恋人とのデートをキャンセルして弟の帰りをまった。弟の好物をたくさん作って食卓に並べる。ミラとヒョンチョルは誰もが恋人かと思うくらい仲がいい姉弟だった。その弟が失踪して以後、ミラは心に穴が空いた日々を暮らしてきた。

玄関の呼び鈴が鳴った。お帰り、と門扉を開けると、帰ってきた弟は20も年の離れた新妻ムシン(コ・ドゥシン)を連れていた。戸惑うミラ。弟は相変わらずの呑気な調子で、唖然としているミラに一方的に話しかけ、ムシンを連れて家に入る。ヒョンチョルは田舎に戻って商売を始めたいと言う。過去、無計画無鉄砲が原因で刑務所暮らしをしたことがある弟だ。ミラはイヤな予感を覚える。年上の妻ムシンは悪い人ではなさそうだが、まだ得体がよく分からない。

数日経ったある日、小さな女の子が訪ねてくる。それはムシンの前の亭主の娘チェヒョン(イ・ラヘ)だった。ヒョンチョルが住所を教えたので家出してきたらしい。チェヒョンを連れて帰ろうとするムシンを制し、ヒョンチョルはここで育てようと提案する。自分のことさえ満足に生活設計を立てられない弟の荒唐無稽な提案に腹を立てたミラは、弟もムシンもここから出て行ってくれと言い渡す。


<ソンギョンとメジャ>母と娘
ソンギョン(コン・ヒョジン)はうんざりしていた。また母メジャ(キム・ヘオク)が男を作って出て行った。しかもその男との間に子供までもうけている。愛人の立場でなぜそんな無責任なことができるのか。母の存在がいつも自分を苛立たせる。ソンギョンは次第に母のいない海外で働くことを夢見るようになる。

日本に行きたい。ソンギョンはそう思って日本語を勉強してきた。日本人観光客相手のガイドをしているが、そこに元恋人のチュノ(リュ・スンボム)が現れる。女性の連れが隣りに寄り添っているのを見たソンギョンは、チュノにもう新しい彼女ができたのだと知る。だれも自分など真剣に愛してはくれていないと思い込み、さらに大きなさみしさに包まれる。

ある日、母の不倫相手ウンシク(チュ・ジンモ)から母が重度の癌で余命が幾ばくもないことを聞かされる。不倫相手の顔を見ることも母の顔を見ることもうんざりだったが、意を決して母の店を訪ねてみる。帽子店を経営する母とウンシクが店の中に寄り添うようにいる。不快感がソンギョンを襲う。周りで遊んでいた異父弟キョンソク(キム・ヒス)をいじめて泣かし、店を飛び出すソンギョン。なぜ母を訪ねたのか。そこは自分の母が別の家族と時を刻む空間ではないか。孤独がソンギョンを覆う。

しばらくして母が病死し、小さな弟が残された。


<チェヒョンとキョンソク>大学生のカップル
電車の中で知り合い恋仲となった二人だったが、キョンソク(ポン・テギュ)チェヒョン(チョン・ユミ)が理解できなかった。誰にたいしても優しすぎるのである。見知らぬ相手にも親切にするのだが、それが男だった場合にどんなことが起こるのか。キョンソクは優しく美しい彼女を失いたくないと思うあまり、彼女にたいしてつい口うるさくなる。チェヒョンはそんなキョンソクの束縛も、自分を愛してくれているからだと理解していた。

ある日、キョンソクはチェヒョンを姉に紹介しようと食事会を設けたが、約束の時間にチェヒョンは現れなかった。失望するキョンソク。しばらくして警察から連絡を受ける。チェヒョンは電車で知り合った男性の息子が行方不明になったことから一緒に探してあげていたという。迎えに行った警察署で、チェヒョンと男が親しげに振る舞っている姿を見て、怒りを爆発させるキョンソク。男の車のサイドミラーを蹴り倒して悪態をつく。

もっと自分のことだけを見つめてほしいと束縛するキョンソクと、常に周りのことを気遣って振る舞うチェヒョン。二人の価値観は大きくすれ違い、結局別れることになる。チェヒョンが区切りをつけようと帰省の電車に乗っていると、隣りの席にキョンソクが座ってくる。もう一度やり直せたらという思いが彼を突き動かしていた。しかし、電車の中でもちょっとしたことでチェヒョンを怒鳴りつけ傷つけてしまうキョンソク。ぎくしゃくした時間が二人を包む。

駅に着き、過去を振り切るように走り出すチェヒョン。追いかけるキョンソク。キョンソクはチェヒョンの心を取り戻すことができるのか。


少女たちの遺言」のキム・テヨン監督が贈る三つの人間関係をオムニバス風に綴った作品。つながりのなかった三つの人間模様が思わぬところで一つにつながっていく。家族って何だろう。人と人がつながるってどういうことなんだろう。それは血筋だけの関係でなくてもいいのかもしれない。緩やかにつながる家族の誕生。堅苦しいことは考えずに、まずご飯でもいっしょに食べようよ。そんな会話から始まる人間の家族関係に、優しい感覚を与えられるヒューマン作品。



※この先は、ネタバレが含まれます。未だ御覧になってない方は読まないことをお勧めします。


地味だけどすっばらしい作品。見てよかったと心がしあわせになる。

これ、すばらしい作品! 見てよかった。

何十億と予算を費やしたハリウッドCG作品より、この映画はわたしには大きな価値があった。あう。慰められた。

それぞれ孤立した3つの人間模様が描かれているが、それが最後には1つの家族の誕生へと収束していく。人とは生物学的なつながりを元にした家族だけが単位じゃないんだなと思わせてくれる。それは理想かもしれないが、「縁」というものは、人間どもの浅はかな科学的目論見を超えて人と人をむすびつけていくから不思議だ。わたしもその不思議な縁を信じるタイプなので、この映画が提示するゆるやかな人間関係に大いに慰められた。

この映画は幾多の賞を受賞しているが、偶然や科学を超えたところに、平凡だが普遍性を呼ぶドラマがあった。

すばらしかった。


この作品、最初キャスティングも見ただけでわくわくさせられた。

「オアシス」で怪演を博したムン・ソリさんはもちろんだが、人気女優のコン・ヒョジュンが出ている上に、「建築学概論」の実力派オム・テウン、冴えない男演じさせたらNo.1 のポン・テギュさーん! そして、なにより往年の大スター女優コ・ドゥシムさんが出ている貴重な作品だ。コ・ドゥシムさん出演の作品は数多いが、映画となると日本発売のDVDはたった6本と少なく、レンタルはもっと少ない。

よって、コ・ドゥシムさんのことを知っている日本人は少ないと思うのだが(ドラマ好きには知名度はある)、昔、わたしが高校生の頃、友達の家に行くと「朝に退勤する女」(1979) という古い映画を焼き回したVHSを見せられて以来、ずっとコ・ドゥシムさんが頭から離れなかった。その映像は悪かったが、昼間のメロドラマ風の、男にしなだれかかって熱い息を吐く若くてセクシーなコ・ドゥシムさんは、高峰秀子(若い人、わかるか?)のように美しくて禁断そのものだった

親に内緒で悶えまくった映画
思えば、あれが記念すべき韓国映画の初悶えだった。


コ・ドゥシムさんは、本作では若い男をつかまえてその実家に乗り込んでくる女ムシンを演じているが、決して悪女役ではない。一定の常識をもった中年女がやがては弟ヒョンチョルを介在せずに、義姉ミラと疑似家族を作っていく。この点については自分なりの考察を後述しているので、よろしければ読んで行ってくださーい。

共に生きる ー ゆるやかな「縁」が映し出すもの。それぞれの家族のかたち。

オムニバス風1.血縁関係のない家族。義姉ミラとムシン、そしてチェヒョンの3人が寄り添う姿

義姉ミラ(ムン・ソリ)とムシン(コ・ドゥシム)

弟ヒョンチョルは短気で自分の思い通りにならないとすぐに事を投げ出して消えてしまう。せっかく実家に戻ってきたのに、小うるさい姉ミラの箴言(しんげん)に嫌気がさし、またふらりと失踪してしまう。姉の財布から金を抜き取り、外で飲んでくると言う。出て行く弟の後ろ背を見ながら、ミラは引き止めることをしなかった。案の定弟は戻らない。

だまって食事を続けるミラとムシン。その向こうには、大人の事情も分からず庭で無心に遊ぶチェヒョンの姿がある。


わたしは、このシーンがすばらしいと思った。得体の知れない魅せ方に引き込まれるからだ。

ミラとムシンは言葉を交わすことなく食事を続け、たまに目を上げて一心に遊んでいるチェヒョンを見つめる。チェヒョンを囲む陽射しだけが夕になり、夜になり、また朝になる。

これは、大人側とチェヒョン側の時空が異なっていることを示している。つまり、弟が出て行った後の数日間をミラとムシンが生活を共有したということだ(と私は解釈した)。無鉄砲無軌道な弟をもって苦労してきた姉ミラと、弟に振り回された新妻ムシンが、言葉を介在せずにお互いに同感という橋を築いていくシーンだ。


血を分けた家族はたしかに大切だ。
しかし、どうにも手に負えない血縁家族以外に、他人同士が疑似家族を共有する共同体が生まれたとしても不思議ではない。結局、ムシンはいったんはチェヒョンを連れてミラの家を出るが、その後、ミラの家に戻り、3人は20年以上をともに暮らすことになる。まるで赤の他人同士が、一つ屋根の下に寄り添い人生という時を共に刻む。ウソのようだが、あっても全くおかしくない話だ。


ミラには恋人がいたはずだが、その後結婚したという気配がない。つまりミラもムシンもその後だれとも結婚せず、二人でチェヒョンを大学まで育てていることになる。韓服を作るムシン、麺屋を経営するミラ。二人で一生懸命働いてチェヒョンを育てたのだろう。俺が何としてでも育てる!と豪語した弟ヒョンチョルは失踪した後、今度は若い女を妊娠させる。どうやらライオンのような生態から離れられないようだ。

産ませるだけで何もしない男と、必死になって子育てするアマゾネス女軍団。ヒョンチョル、あんたすこしは見習いや~。


終盤、庭で家族でキムチを作るシーンがある。
チェヒョンが二人のことをそれぞれ「オンマ」と呼んでいたことからも、二人が母役となってチェヒョンに接して来たことが伺える。ミラとムシンの関係は同性愛ではなかったように見えるが、もしも同性愛でもそれはそれで良いではないか。家族の誕生は、異性愛でも同性愛でも、はたまた友情愛でも成立するのであることを映画は伝えてくれているように見えた。大切なのは愛だバカヤロー!


オムニバス風2.愛人の子供を生む母メジャと反発する娘。異父弟キョンソクの存在。

母が置いていったトランク。その中に入っていたのは・・・

家族には様々な形がある。

2番目のオムニバス風は、男を渡り歩く母メジャに嫌悪感を抱く娘ソンギョン(コン・ヒョジン)の心の葛藤から始まる。
母メジャが自分を捨てて走る愛人との生活。ソンギョンは、母が不倫という悪いことをしているのに家庭を築き、しかもその男との子供まで生んで幸せになっているという構図が許せないでいる。自分は恋人チュノ(リュ・スンボム)との恋愛さえ上手くいかないのにだ。

ある日、母が大きなトランクをもってソンギョンのアパートに現れる。ソンギョンはてっきり母が愛人とケンカをして飛び出してきたのかと勘ちがいして母を追い返す。部屋に残された大きなトランクをソンギョンは見つめる。

母が病死した後、ソンギョンは大きなトランクをこじ開け中を見ると、そこには母がソンギョンと築いてきた二人だけの大切な思い出がつまっていた。母と娘の写真、作文、大好きなぬいぐるみ、バスケットボール・・・母と自分だけしか知らないかけがえのない時間がつまっていた。泣き崩れるソンギョン。なぜ母にもっと優しくしてあげなかったのだろうと激しく泣く。

このシーンのコン・ヒョジンの演技はさすがだった。

天に向かって子供のように泣き崩れる。泣けども泣けども、ありがとうと言いたい母親はもうこの世にいないのだ。長年母を恨んできたが、母が自分をこれだけ愛していてくれたことを知り、やっと母を許す気持ちになる。母が築いた愛人という立場での家庭。自分には理解できなかったが、そういう家族の単位も密(ひそ)やかだがあるということだ。


オムニバス2の中で、最も注目するのは次であろう。
ソンギョンが決まっていた海外漁船への就職を断り、残された異父弟キョンソクと暮らし始める点である。考えてみれば、自分と母という母子家庭に割り込み、母を奪った男の子供である。憎しみが高じていつもイジメてばかりいたが、母が人生をかけて愛したのは自分もキョンソクも変わりはないことに気づき、幼いキョンソクを育てていく決心をする。

そのキョンソクも大学生になり、やがて、オムニバス1に出てきた女の子チェヒョンと電車で知り合い、二人は恋に落ちる。なんという運命の出会いなのか。世代を超えて家族はゆるやかにつながっていくのである。続くオムニバス風3の終盤には感動のシーンがつまっていた。

オムニバス風3.180度性格が反対の二人。嫉妬深く孤独なキョンソクと明るく親切すぎるチェヒョン。

キョンソクとチェヒョン。未熟な二人がお互いを理解するにはどうすればいいのか。

最初、わたしはポン・テギュさん演ずるあまりに嫉妬深いキョンソクにドン引きだった。こんな男、あたしだったら速攻で捨ててやる!と発狂しかけた。

自分の思い通りにならないと、場所考えずに怒鳴り散らすは、車のミラーを蹴り落とすは、新幹線の椅子をぼこぼこにするは・・・。前頭葉に何かの異常があるんじゃないの? それぐらいヤバイ男だ。こんな男、なぜチェヒョン(チョン・ユミ)は好きになったのか。なぜさっさと別れず、別れ話を切り出したキョンソクにすがったりまでするのか? え?もしかして、DV大好き女なのか?!

一方のチェヒョンは、周囲に愛されて止まないお人好しだ。人が悲しんでいると寄り添い、困っている人がいると自分の約束を不意にしてまでとことんつき合ってあげる。優しいという形容詞から生まれてきたようないい子なのだ。こんないい子が我がままで嫉妬深いキョンソクをなぜ好きになったのだろうか。


理解に苦しむカップル誕生に、オムニバス3は最初見ていてつらかった。なんじゃこれはと。

だが、終盤、キョンソクはあのソンギョンの異父弟であったこと、チェヒョンはミラとムシンが育てたあの小さな女の子であったことが分かると、わたしはポンと膝を打った。この二人の性格がこれほどまでに違う謎が一気に氷解した気がした。この映画、ここが興の天王山である!

つまり、幼い頃に母メジャが病死し、姉ソンギョンの細腕一本で育てられたキョンソクは姉に迷惑をかけたくない故、わがままを封じ込めて生きてきた。母の愛に飢え、自分だけを見つめてくれる誰かを無意識に求めてきた。そんな孤独なキョンソクが出会ったのは、お人好しの塊のような二人の母ミラとムシンに育てられ、同じく困っている人がいたらじっとしていられないチェヒョンであった。


終盤、キョンソクがミラを追いかけて実家の前まで送って行ったシーンは、感動の塊だ。ムン・ソリさん、コ・ドゥシムさん他みんながとてもいい演技をしている!

鉄門から出てきたミラがキョンソクを、ご飯でも食べて行きなさいよと引き止める。キョンソクが断り切れずに家に足を踏み入れると、それまでどうしても理解できなかったチェヒョンの性格の端緒がここにあったことをやっと理解する。チェヒョンの他人への献身的な性格は、この二人のオンマに育てられたからだと。はじめてにも拘わらず、また(娘が)別れた恋人であるにも関わらず、キョンソクをただただ優しく迎えてくれる女だらけの家族。

もの静かで人と接することを苦手とするキョンソクが、不思議なことに息もつかさず話しかけてくる二人の母に嫌悪感を抱くどころか、安心して心を開いていく。大した財産もなく、女性だけの家計で育つという点では社会的弱者といえよう。自分も姉一人に育ててもらった故、チェヒョンを理解してあげられなかったことをキョンソクは改めて深く恥じ入る。そして、これまで見たこともない柔和な表情になっていく。

このキョンソクの氷結していた心が氷解するシーンは、とても感動する。


では、チェヒョンがキョンソクを好きになった理由とは?
それは、チェヒョンのボランティアです。というのは冗談で、たぶん同じ孤独を抱える自分と同じ人間類型を放っておけなかったのではないだろうか。もちろん、キョンソクの生来的な優しさに魅かれたということもあるだろうが。縁とは理屈ではないらしい。


この映画は謎かけ映画でも何でもない。最後のシーンでオムニバスが一転に収束していく形式をとるが、監督は奇をてらって作ったわけではなく、家族ってこういうふうにゆるやかにつながっていく単位でもありなんじゃないの?ということを提示したかっただけなのだろう。血縁関係がなくても、気がついたら隣りにいるあの人と縁あれば家族になれるんだよという風に。


共に食卓を囲んでごはんを食べた思い出があればあるほど、人は家族になれる。
もしかしたら、家族ってそんな堅苦しく考えなくてもいいのかもしれない。
そんな映画には希望があった。

すばらしかった。監督、ありがとー!

エンディングのシーンがすばらしくて記憶に残る!大好きだー!

長くなってすまぬ。もう少し我慢して読んでおくんなまし。


この映画、エンディングもすばらしくて、ため息の連続だった。

駅のプラットフォームが出てくるのだが、そこで映画に登場した人物がそれぞれ誰かを探しながら交差する。女家族のミラ、ムシン、チェランが通り過ぎ、孤独なキョンソクが笑顔で歩いて行く。チビ助キョンソクはシャボン玉を拭いている。あくびをするボサボサ頭のヒョンチョル。それはまるで、次に来る電車に乗ってどこかへ失踪しようと企んでいるかのよう。


このプラットフォームは、まさに人生そのものを表現しているように見えた。ここで人は人を探し、出会い、そしてやって来た電車に飛び乗って次の世界に向かう。心を奮い立たせながら目的地を目指して人は黙々と旅立つのである。このプラットフォームで巡り合うべき人に巡り合った人は幸いである。だが、もしめぐり会わなくても、必ず電車はやってくる。その電車に乗り、また次のプラットフォームであなたは新たな人生に出会うことになる。そんな象徴的なエンディングで、最高に感動的なシーンだった。

走ってきたチェヒョンがベンチにいる幼いキョンソクの横に座る。
赤い毛糸玉を手にした彼女は、まるで運命を手繰り寄せるように糸玉を丸めていく。そう。人間はみな人生のプラットフォームにいるのだ。必ずあなたはあなたに与えらえた人と出会う。希望を捨ててはいけない。



おまけ
※映画の本編には登場しなかったが、友情出演としてチェ・ヒボンさん、ウ・ヒョンさんらがプラットフォームを電光石火のごとく通り過ぎていってる。ヒボンさんは全く顔が見えなかったが、後ろ姿ですぐに分かった。これって監督から観客へのプレゼントなの!? 楽しくてならなかった!

不思議だったシーンの解釈。

1.メジャの家で、メジャ、ソンギョン、キョンソクとの食事シーン。両利きになったという娘の言葉に止まる母。

母、ソンギョン、異父弟。めずらしく3人で食卓を囲んだのだが・・・。

この映画で気になったシーンがある。

それは、母メジャの家で、母、ソンギョン、キョンソクが一緒になって食事をするシーンである。

「あんたにキョンソクが似てるのよ。左利きだし、単純だし」とつぶやく母に、
「あたし、両利きになったのよ」とソンギョンが返すのだが、母メジャはその言葉を聞くと、ハッとしたようにソンギョンを見つめる。


なぜ母は娘の言葉にハッとしたのか一瞬分からなかったのだが、韓国語をようく聴くと、
「(お母さん知らなかったの?)あたし両利きになったの。随分前にね」と言っている。(   )の部分の日本語字幕にあればすぐピンと来たのだが、しばし考えてしまった。

なるほど。母親の動きが止まったのは、娘の変化(両利きになったこと)に自分は何も気づいてあげていなかった。いままで愛人との生活に夢中になり、娘をずっと放ったらかしていたという悔悟を表していたのだ。命短い母が娘にすまなかったと気づく。切ないが、とてもいいシーンであったのだ。

2.ソンギョンがいきなり食卓を立って、母とキョンソクが止めるのも振り切って出ていってしまう。何に苛立ったのか?

母と話していて突然不機嫌になるソンギョン(コン・ヒョジン)

上記のシーンに続くシーンなのだが、私はなぜソンギョンが食事中いきなり不機嫌になり、食卓を立って出て行ってしまったのかが分からないでいた。しかし、何度もリプレイして見ていると、何となく分かってきた。

母親がソンギョンに、「(不倫相手から)すべて処分して旅行に行こうとたびたび言われるのだけれど、イヤなのよね知らない土地に行くのは」と独り言ちた後、「どこに行こうと同じよきっと」とぼそりと言う。

ソンギョンが反応したのは、まさにこの「どこに行こうと同じよきっと」という言葉にであった。顔色が明らかに不機嫌に変わっている。


わたしの解釈はこうである。
母メジャは、(映画にははっきり出て来なかったが)ソンギョンが母親や元恋人がいない外国に行って新しく人生をやり直したいという気持ちをどこかで知っていた。だから、娘に「どんなところに行こうと、同じ悲しみが待っているし、苦労がまっている。だったらここで生きていけばいいじゃないの。あなたにそばにいてほしいのよ」と言いたかったのではないか。母はそんな切ない想いを込めて娘に遠回しにお願いしたのだ。

不機嫌になったソンギョンは席を立ったが、母親は娘が怒るのを想定していたかのように、驚きもせず、ただ悲しそうな顔をする。

そして、
「行きたいところがあるのよ。ソンギョン、一緒に行ってくれないかい?」と頼む母の声にソンギョンは再び冷たく言い返して家を出る。

「忙しいって言ってるじゃないの」

母に冷たい言葉を言ってしまったことを後悔しながらも、謝れずにいるソンギョン。いつものように日本語ガイドの仕事に出て観光客に写真を撮ってあげている時だった。シャッターの向こうに母が現れ、愛しそうにソンギョンを見つめている。ハッとするソンギョン。

その後、母の病気は悪化し、あっという間にこの世を去ってしまう。あの時なぜ連れて行ってほしいところがあると頼む母に冷たくしてしまったのか。母はどこへ行きたかったのか。ソンギョンの後悔はこの日から始まる。


ソンギョンは余命幾ばくもない人の悲しみよりも自分の悲しみを優先させる未熟な人間だ。死にゆく人が母であるならば、何を置いても母の悲しみに寄り添ってあげるべきだったのに、そんな余裕すらもてなかった。非常に切ないシーンとなった。

人間ってほんとバカだね。
切ない気持ちを自ら呼びよせてる。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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