ドラマ

ユン・ヨジョンの売春婦がやばい!「バッカス・レディ」(2016)

2019-10-30

この映画は人生と同じだ。哀愁にあふれ、時に汚れていて痛々しい。なのに、心が感動する。

作品情報

●評価 4.5★★★★☆
●原題 죽여주는 여자(たまらない女)
●2016年製作
●上映時間110分
●監督 イ・ジェヨン
●脚本 イ・ジェヨン
●出演
ユン・ヨジョン、チョン・ムソン、ユン・ゲサン、イェ・スジョン、パク・キュチェ他


あらすじ

ユン・ソヨンユン・ヨジョン)は65才。鐘路の公園に立つ現役の売春婦だ。巷では死ぬほど上手なバッカスレディとしてカリスマ的存在だ。

ある日、ソヨンは体調が悪くなり病院に行き、ひょんなことから医師の息子ミノを預かることになる。ミノはコピノであった(※コピノとは韓国人とフィリピン人の混血児)。ミノはあまり韓国語が話せない。ソヨンは不憫に思って家に連れ帰り、その日から少年の世話をする。

ソヨンが仕事に行く際は、シェアハウスの誰かにミノを預ける。大家でニューハーフのティナ(アン・アジュ)や片足のトフン(ユン・ゲサン)、アディンドゥ(外国人女)が助けてくれた。

ミノが母親(フィリピン人)に会える日が来た。母親は離婚話のもつれから夫をナイフで刺してしまい、告訴されていた。生活は苦しいが、母親が解放されるまでミノを預かる決心をするソヨン。

公園で立つソヨンをチェウ老人(チョン・ムソン)が訪ねてきた。昔常連客だった背広のソン(パク・キュチェ)が脳卒中で寝たきりになっているらしい。ソヨンは心配になって病院にお見舞いに行く。食事も一人でできず、アメリカに移住している息子家族からも冷たくされるソンは、生きる希望もわかず、ソヨンに死なせてくれと頼む。

大いなる憐憫と葛藤の中、ソヨンは結局ソン氏の自殺を手伝ってあげる。するとしばらくして、死にたいと悩む老人からの依頼がソヨンに回ってくるようになり、優しいソヨンは大いに苦しむ。こんなことを繰り返していいのだろうか。高齢者の生き方が問われる社会派の作品。



※以下はネタばらしが含まれます。未だ御覧になってない方は読まないことをお勧めします。



※「バッカス・レディ」とは、ソウルの公園やモーテル付近で客を誘う売春婦のことを言う。年齢は50代から80才まで渡る。別名「バッカス・ハルモニ」 バッカスD(日本でいうリポビダンDと似ている)というドリンク剤を売るふりをしながら、裏で男性客の買春を誘う。生活に行き詰まる高齢者の生活難が問題化する韓国では、高齢者の売春婦がソウルの宗廟公園だけでも約400人もいるという。wikipedia参照。
本映画は、この社会問題に真正面から一石を投じた作品と言える。
・・


ユン・ヨジョン、チョン・ムソン、ユン・ゲサン、皆、すばらしかった!

この映画、ほんとーにすばらしかった!!!
あまり期待していなかった分、ぶっ飛びました。この映画に携わったすべての人に感謝したい。

左から、チョン・ムソン、ユン・ヨジョン、ユン・ゲサン

主役ソヨンを演じたユン・ユジョンさんさすがですね。撮影当時69才。日本では「浮気な家族」「ハウスメイド」等で有名だが、今回は主役で、底辺層の高齢娼婦役を哀愁たっぷりに演じてくれました。

これまた往年のベテラン俳優チョン・ムソンさん(当時75才)との会話シーンなどは、貴重で重みがあって、二人が現実の当人同士として会話しているかのように自然で、感心しながら観させてもらった。チョン・ムソンさんのこぼれるような笑顔、ステキでしたね。

トフン役を演じたユン・ゲサンは、もう元god出身とは思えないほど俳優としてキャリアを積んでいる。これまでは「執行者」「国選弁護人 ユン・ジンウォン」等のまじめな法曹役のイメージが強かったが、今回はいつもニコニコ笑っているフィギュア製作人というキャラクターが最高にはまっていた。あの屈託のない笑顔の爆発度。ユン・ゲサンは今後もっとコメディ役に挑戦してもらいたいと勝手に思った。

登場する人物のほとんどがマイノリティ。この映画には現代社会が抱える問題が凝縮されている

ソヨン。シェアハウスの住人に囲まれて記念撮影。

さて本題に入ろう。

この映画、現代の韓国社会が抱えるさまざまな問題が凝縮されていた。キーワードは「高齢者」と「外国人」だ。外国人労働者との共存、外国人花嫁との離婚、高齢者の生き方等だ。

映画では、65才になるソヨンは空き缶拾いはイヤだと言って娼婦業を生業とするが、こんな高齢になっても働かざるを得ない環境が哀れだった。年金だけでは暮らしていけないのか、それとも納めて来なかったのか。

その日暮らしに近いソヨンはそれでも預かった少年ミノを愚痴ひとつ言わず世話をする。昔、米兵との間に授かった乳児をアメリカに養子に出した罪滅ぼしからか、ミノを世話する彼女は疑似子育てに心を癒されていく。

そんなソヨンを取り巻く環境には様々なマイノリティが登場する。ソヨンが預かった少年はコピノであり、フィリピン人の母親は韓国人の夫と係争中である。シェアハウスにはニューハーフの大家がいて、事故で足を失った貧乏人トフン(4ヶ月も家賃滞納)、スーパーで働く外国人女性アディンドゥ、近所の旅行店にはフィリピン人労働者がいる。

もちろんソヨン自身も高齢者というマイノリティであり、しかも娼婦だ。所場代を払って公園に立ち、一人3万~4万ウォンを稼ぐ(しかも旅館代込みという廉価!)。そんなマイノリティたちは日銭を稼ぎ、鐘路の片隅でささやかに毎日を生きている。

この映画のすばらしさは、日常の社会をそんなマイノリティを入れて再構成したという点であろう。しかも貧しい彼らは自分たちよりつらい立場にある人のことまできちんと気遣う優しさをもっている。

わたしは、生活が苦しいながらも娼婦ソヨンがコピノ少年を預かろうとしたこと、過去の常連客の背広ソンを見舞うこと、夜さみしく鳴いている野良猫まで心配しているシーンがとくに心に残った。「ああ、子猫も空腹なのね」夕食時、ソヨンの優しい言葉に切なくなった。

まさにそのとおり!「本当のことは誰にもわからないもの」

ソヨンは名うての娼婦である。とくに昇天を味わった老人男性からの評判はすこぶる高い。噂を聞きつけた男性は彼女を訪ねて来るが、ソヨンはだからといって高額を要求したり、高慢な態度をとったりしない。その日その日を暮らせればそれで良しとする。

臨時収入が入った時のソヨンを見ると、それがよく分かる。シェアハウス住人にチキンを買ってあげたり、ミノにはおもちゃを買ってあげたりして、幸せを独り占めすることが怖いかのように周りの人に施す。

背広ソン(パク・キュチェ)を見舞うソヨン(ユン・ヨジョン)

そんな優しいソヨンが背広ソンの自死を助けて以降、独居老人チョンスとチェウ老人の自殺まで幇助することになるが、優しい彼女が手を下してしまったのは、彼女なりの死生観が後押ししたのだろう。床上手に加えて送り上手になったと、これを冗談でくくってはいけない。

「あの人にも事情があるんだわ。
 本当のことは誰にもわからないもの」

つぶやくソヨン。まさにその通りだ。世間の常識だけでは計れない悩みがそこにはある。死にたいという願いは切実だ。とくに希望を失った高齢者が抱えるそれは。

最後、ソヨンは逮捕されて刑務所で人生を終えるが、振り返ってみると、ソヨンは自分のためにメソメソと泣いた場面がない。貧乏だから、娼婦業がイヤだから、高齢で生きていくのがつらいから、私がソヨンなら悲しくてこう泣いただろう。
彼女が泣くのは、常に自分以外の誰かのためであり、殺してくれと泣く背広ソンやチェウ老人にたいしてである。わたしはそんなソヨンの強さにうなってしまう。一方で、淡々と生きているふうに見えるソヨンだが、自分の犯した罪の大きさに震えていたのは事実だ。

ソヨンは逮捕された時、脱落したようにつぶやく。
「これでよかったのよ。刑務所では三食食べれるんでしょ」

わたしはソヨンが刑務所に入っても毎日をきちんと生きていく姿が想像できた。38度線を越えて韓国に渡り、いろいろな仕事をして生きてきたソヨン。娼婦になると決めてからは、決まった時間に公園に立ち、お客さんをとっては生活費を稼いできた。娼婦とはいえども、自分の人生に責任をもち毎日を生きてきた。誰かが守ってくれる人生ではない。弱者強者関係なく、人はひたすら自分の本分にいそしむべきなのである。

ソヨンは幸せであったのか?
そう。本当のところはだれにもわからない。
その人の事情があって、そうなっているだけなのだから。

娼婦ソヨンの人生、あっぱれでした!

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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