家族

ハ・ジョンウとハ・ジウォンが夫婦役!「いつか家族に」(2015)

2019-10-08

家族を守るために父が選んだのは売血だった!よし、病院行くぞー

作品情報

●評価 4.5★★★★☆
●制作 2015年
●上映時間 124分
●原題 허삼관(許三観 ホサムグァン)
●監督 ハ・ジョンウ
●脚本 キム・ジュホ、ハ・ジョンウ
●出演
ハ・ジョンウ、ハ・ジウォン、ナム・ダルム、チョ・ジヌン、ソン・ドンイル、チョン・マンシク、ユン・ウネ、チャン・グァン、ミン・ムジェ、チョン・ヘジン他


あらすじ

1953年の忠清南道公州市。朝鮮戦争直後の混沌とした時代、サムグァン(ハ・ジョンウ)は肉体労働で日銭を稼いでいた。ある日、建設現場にポップコーンを売りにくるオンナン(ハ・ジウォン)に恋をする。サムグァンはなんとか彼女と結婚できる方法はないかと考える。

オンナンには金持ちの彼氏ハ・ソヨン(ムン・ムジェ)がいたが、サムグァンは意に介さない。こうと決めたら何が何でもこうなのがサムグァン流だからだ。サムグァンは結婚資金を稼ぐため、知り合いを通じて売血をする。病院で賄賂を渡すと、基準よりも3倍の売血ができた。

売血で稼いだお金を握り締め、サムグァンはオンナンをデートに誘う。オンナンが望むものをなんでもかなえてあげたデートだったが、オンナンに結婚を申し込むと彼氏がいるから結婚はできないと断られた。

あきらめないサムグァンは、彼女の父親を自分が婿養子に入るからと説得し、彼女と結婚の許しをもらう。最初は嫌がっていたオンナンだが、サムグァンの愚直で真っすぐな優しさに少しず心を開いていく。

結婚した二人は3人の息子を授かる。長男イルラクが11才になった頃、村では噂が広がる。イルラクの父親はオンナンの元彼ハ・ソヨンなのではないかと。イルラクは両親思いの素直ないい子だ。だが、サムグァンに一つも似ておらず、配達人がソヨンの息子と勘ちがいするほどだった。

噂を否定するために血液検査を依頼したサムグァン。村人の前で結果を発表するが息子の血液型が合致しないと分かり、愕然とする。大急ぎで家に戻り、オンナンを問い詰めるサムグァン。結婚する直前、オンナンがソヨンと関係を一度だけもったことを知り、激しく落ち込む。

11年間自分の息子として可愛がってきたイルラクが実の子ではなかった。今後、どうやってイルラクと関係を築いていけばいいのか。父子の苦悩がはじまる。



※以下はネタバレを含みます。未だ御覧になっていない方は読まないことをお勧めします。


ラテン系民族、韓国人らしい苦悩の表現

てっきり、福山雅治主演の「そして父になる」のリメイク版かと思って見ていたらそうではなく、中国人作家・余華の「血を売る男」が原作だという。ただ、この映画は売血が主題ではなく、家族の絆が主題だ。なので、私的には「そして父になる」の韓国バージョンと勝手に想像してレビューを書いている。

とてもいい映画だった! ハ・ジョンウ監督。
監督としては2作目。124分めーいっぱい詰め込んだ形の作品でしたね。
どこも削れない削りたくない。そんな思いがこもった映画でした。

レビューにも多かったのが継父サムグァン(ハ・ジョンウ)の度が過ぎる息子いじめ

自分が11年間育てた息子イルラクナム・ダルム)が実は妻の元彼の子供だったということが分かってからのサムグォンの息子にたいする態度が、まぁひどいのなんのって。いい大人が小さな子供をなんでそこまでいじめるかなと呆れるシーンがこれでもかとあった。

韓国人は、苦悩すればするほど騒がしくなるように思う。
一人で静かに悩むよりは、どうしよう?おれは困っているんだ。おまえはどう考えるよ? と地団駄踏んで砂煙を上げ、世界の終わりが来たかのように喚き散らすことが多いように思う。

映画やドラマでも韓国人はストレートに思ったことを表現する。プライベートな繊細な事柄でも市場で野菜を買うかのようにわーわーと騒ぎ立てる。たとえ目の前に本人がいようと。相手が子供だろうと。

声を出すことで仲良くなる韓国人。声を出さずに心を読むことで仲良くなる日本人。どちらに是非があるのかではなく、苦悩の表現がおもしろいと思うのだ。それがこの映画にも出ているように思える。もちろん時代背景も原因しているとは思うが。

「二人でいる時はおじさんと言え」イルラクに冷たくあたるサムグォン

妻や子供を愛してきたからこそ頭に来た。村人みんなの前で恥をかかされた。大切にしてきた世界が壊れたことに怒りがおさまらない。

サムグォンの悲しみは分かるが、何の罪もない子供に当たり散らす彼の大人げない態度は、見ているこちらまでひどく傷つく。イルラクが素直な子供だったから良かったものの、そうでなかったら刺し殺されてるぞおまえ・・・!

実の子ではない息子に命をかけるようになる。この映画が伝えたかった親子の姿。

最後はハッピーエンドで終わるこの映画だが、観賞後、わたしはイルラクに冷たかったサムグォンの態度が変わりはじめたのはいつだっただろうと振り返ってみた。

息子を抱きしめる母。現実を受け止めきれないサングォン
3人がそれぞれ苦しみつづける

最初は、イルラクが家族団らんの肉まん外食をサムグォンに拒否され、一人叔父のところに行きさつまいもを食べた夜ではないか。どんなにさつまいもを腹一杯食べても自分だけのけものにされたイルラクは淋しくて夜の街を徘徊した。

心配して駆けつけた母オンナンに「心配かけてごめんなさい」とイルラクは謝るが、「悪いのはオンマだよ。このオンマが悪い」とオンナンは泣きながら抱きしめる。その姿を見ていたサムグォンの顔はなんともいえない複雑な表情をしている。結婚前の一夜のことで妻を責め、息子にいじわるをしつづける自分。

自分は何をしているのだろうという苦悩が見える。


二つ目は、妻の元彼ハ・ソヨンが脳炎になり危篤状態に陥った際、道士が祈祷する中、イルラクが怖がって泣き出す場面。実の父とはいえ、魂を呼び戻す儀式の異様な雰囲気に圧倒され、養父のサムグォンの名前を窓から連呼するシーンだ。

道士の儀式で協力してくれたら、イルラクを息子に迎えて大学まで出すというソヨンの妻の申し出に合意したはずのサムグォンだったが、「父さん、戻って来て!」と泣き叫ぶイルラクの声は、まぎれもなく自分が11年間育ててきた息子の声だった。

イルラクがサムグォンをお父さんと慕うのと同じくらい、サムグォン自身もイルラクを本当の息子として愛していることに気づく。

ここは、ほんとうに大きな見せ場で、同時にホッとするシーンだ。
これで、サムグォンの息子いじめをもう見なくていいのだ。
私はイルラク版「おしん」が終焉し、うれしくてひとしきり泣いた。


しかし、人生は過酷だ。
やっと一家に以前の幸せが戻ってくると思った途端、この後ほんとうの試練がムグォンたちを襲う。
イルラクが脳炎にかかり意識不明になってしまったのだ。実父と同じ症状だ。
高額な治療費を稼ぐため、サムグォンは昔やった売血に身を投じていく。

実子ではない子供を育てるだけでもえらいと思うのだが、この映画ではこの後、イルラクの治療費を稼ぐために、売血を何度も繰り返して死ぬ寸前まで自分を追い込んでいく売血鬼サムグォンが描かれる。まるで「明日のジョー」に出てくる壮絶な減量に失神寸前のジョーみたく。

サムグォン、なぜ定期的に売血して積立貯金してなかったの?
不思議に思ったのはわたしだけ?

本作の名脇役!ユン・ウネさん、よく引き受けた!

麦茶売り娘ブンバンを演じるユン・ウネさん

ハ・ジウォンがポップコーン売りなら、ユン・ウネさんは麦茶売り(ブンバン)で登場する。この麦茶売りは相当かわいかったのにもかかわらず、村の男たちに「肉がゆれてる」など揶揄されてひどい扱いをされる。ブンバンはハ・ジウォン扮するオンナンの引き立て役なのだ。

「宮」「コーヒープリンス1号店」で人気主人公だったウネさんにたいしてなんてひどい!と、わたしはハ・ジョンウの脚本を不愉快に思ったぐらいだ。ウネさんはめちゃくちゃ可愛いのに。

おまけに、麦茶売りから11年後、100kgの巨漢にさせてウネさんをまた登場させた(↓)。ええ加減にせーよと言いたい。引き受けるウネさんもウネさんだ。いくら特殊メイクとはいえこの映像は衝撃的すぎて、うなされて眠れなかった。

「肉がゆれてる」と揶揄したアン氏と結婚していたブンバン(ユン・ウネ)

言い過ぎたから。訂正する。
こんなちょい役でもすべてを投げ捨てて役作りしてくれたユン・ウネさんに敬意を払おう。一人が欠けてもこの映画は完成しなかったのだから。

売血・缶詰・肉まん。3つのキーワードはこの時代に生きる貧困層の希望だった

売血缶詰肉まん。この3つのキーワードが印象に残った。

売血の是非はここでは論じない。1950年代の韓国も、売血で生計を立てている貧しい人がたくさんいてもおかしくない。

主人公サムグァンは売血で二つのかけがえのないものを得ている。
一つは、恋女房オンナン(ハ・ジウォン)であり、二つ目は長男イルラク(ナム・ダルム)の命だ。売血することで小銭を稼いで結婚ができ、長男イルラクの治療費もオーバー売血だが稼ぐことができた。

余談かもしれないが、オンナンまでもが腎臓を売って息子の治療費の工面をした。売血ならぬ売腎だ。子供を救うためなら自分の血でも内臓でも売るということだ。映画を見ていると、貧困層ができる選択肢があまりに少ない上に、危険すぎる。最後は世の中の不条理に泣けた。

②また、缶詰は「賄賂」として登場する。
この映画の中で、缶詰がものすごい威力を発揮する時が多々出て来る。知り合いや医者、融通してもらいたい人に缶詰一巻を渡すだけで話がすっと通る。

たかが缶詰ぐらいでと思うかもしれないが、缶詰はこの時代それほど高級品であった。とくに牛肉の缶詰は日雇い人の日給に匹敵する。サムグァンたち貧困層にとって缶詰は食べるものではなく、賄賂として「渡す」ものだった。

ほっかほっかの肉まん。肉まんそれは幸せの隠語。

③最後に肉まんだが、これは「幸せ」の象徴だ。

子供たちはいつもお腹を減らしている。屋台の肉まんは垂涎(すいえん)の的だ。見上げた月まで肉まんに見える。夢の中まで肉まんが出てくる。ぱくりとほおばると肉汁が口の中に広がり、しあわせいっぱいになる。家族と食べる肉まんはまた特別な味だ。

イルラクが大好きな肉まんを実子ではないという理由で父サムグァンから一緒に食べることを拒否されるシーンがあるが、あまりの残酷さに声も出なかった。イルラクにとっては、肉まんを一緒に食べられないことは自分の「幸せ」という世界観が崩壊することを意味する。父に忌み嫌われる苦しい日々がつづく。

それでも最後、映画はハッピーエンドで終わる。家族全員で食卓を囲み、ほかほかの肉まんをほおばる。父が、母が、弟たちがそこにいた。肉まんが家族の幸せを象徴していた。あはは。なんて単純だったんだろうこの家族。

さて。
わたしもコンビニ走って、肉まん食うかなー。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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