家族

邦画タイトルが絶妙すぎる!「息もできない」(2008)

2019-08-17

どんな糞野郎にも希望がある。みじめに下を見てうずくまっているか、歩き出すかだ

作品情報

●評価 4.5★★★★☆
●制作 2008年
●上映時間 130分
●原題 똥파리(クソ蝿)
●英 語 題 Breathless
●監督 ヤン・イクチュン
●脚本 ヤン・イクチュン
●製作 ヤン・イクチュン
●出演 
キム・サンフン、ヤクザ(ヤン・イクチュン)
ハン・ヨニ、女子高生(キム・コッピ)
ヨニの弟、ハン・ヨンジェ(イ・ファン)
サンフンの父、キム・スンチョル(パク・チョンスン)
サンフンの姉、キム・ヒョンソ(イ・スンヨン)



※この先は、ネタバレが含まれます。まだ観ていない人は読まないことをお勧めします。


息もできないほど殴り続ける映画

原題は、「똥파리(糞バエ)」。
邦画タイトルが絶妙すぎて声がでなかった。
「糞バエ」ではなくて「息もできない」って、ほんとうにその通りの映画。
「息ができない」ほど苦しくなる映画。
邦画タイトルの付け方の絶妙なうまさに、毎回うなる。

冗談でなく、わたしもほんとうに息ができなかった。
泣けた・・・とにかく泣けた・・・

なにが泣けるって、こんなに人を殴り続けるって、サンフン、あんたって人間は一体どーなっちゃってるのよおおお???って泣ける・・・


この映画を見て感じたのは、暴力で育った人間は暴力によって最後は終わるってこと。むなしい末路がまっている。
でもなんて悲しいんだろう。なんでこんなに胸苦しいんだろう。
暴力的な人間が死んだ。ああよかったね、なのに、なんでこんなに悲しみに打ちのめされるんだろう。

暴力的な父の下に生まれ、愛を知らずに育った人は、果たしてこの暴力の連鎖から逃がれられるんだろうか?

主人公のサンフンヤン・イクチュン)はヤクザな取立て屋の仕事をしている、社会の底辺をゴキブリのように生きてきた無学で礼儀も知らないただのチンピラ。
だけど、幼い子供や弱い女性にはけっして手荒なマネはしない。
ぶっきらぼうだけど、隠れて見守り続ける男らしい側面ももつ。
ほんっと、サンフンは根は優しい男。

映画は、のっけから目を被うばかりの暴力シーンがつづく。
手カメラで回すシーンが多く、きれいな定点撮りではなく、まったく粗削りでやり場のない怒りががつんがつんと飛び散るような映画だ。

殴る音、骨がぶつかる音、砕け散る音、憎しみをしぼりだす吠声。
ここはサバンナか。野生のクマでもいるのか。

何度も逃げたくなった。
そんなに人は心も体も人を傷め続けられるものなのか。

あまりにも過激な暴力シーンがひどいので、すこしでも主人公のもつ隠れた人間的な部分に好感をもとうと必死に目をこらした。

小さい頃から父親の暴力が原因で、荒れた子供時代を生きてきたサンフンはやり場のない怒りを胸いっぱいに抱えている人間。刑務所から出てきた親父を自分の拳をふりおろして、毎日半殺しの目に合わせる。

母と妹が死んだのもすべて親父の暴力のせいだった。
親父は刑務所でも毎日自分の罪を後悔し、出所後も苦しみ続けているにもかかわらず、サンフンはとにかく父親の顔を見るとこれでもかこれでもか!と殴り続ける。憎しみが胸を焦がして、理性を狂わせるのだ。

理性では、改心している親父を殴りつけることはいけないと分かっていても、過去の憎しみの追憶がそれを許さず、無抵抗な人間を殴り続けるという行為に走らせる。

暴力で家庭を壊してきた親父への憎しみ。そんな親父を殴り続けることしかできない自分の悲しさ・・・。手カメラは淡々と映していく。
まるでドキュメント映画を撮るように。

この映画、いったいどう終わっていくのだろう。
不思議がいっぱい募った。

ある日、サンフンは甥から、
「ほんとうは優しいのに、なぜお爺ちゃんを殴るんだ?」
と言われ、ハッと我にかえる。

本当だ、自分はなぜ殴り続けるんだ・・・

彼がハッと気づいたのは、彼が甥や女子高生のヨニキム・コッピ)との疑似家族的な交わりを折にふれて続けてきたからだろう。阿修羅のように荒れ狂っていたサンフンの心が少しずつおだやかになっていた。

何よりも親父が手首を切って自殺しようとしたことが、サンフンに耐えがたい衝撃を与えた。こんなギリギリの淵まで追いつめてしまったのは自分のせいだ。
親父を背負い病院まで走りながら、叫ぶ。
「死ぬな。ぜったいに死ぬな。死ぬな!」

サンフンが取り立て屋を辞めるんだと決意した瞬間、これで彼が大きく変わっていくのかと期待したのに運命は残酷だった。この部分は観てください。

どんな糞野郎にも希望がある

大切なことは、彼があれほどの暴力まみれの生活の中でも、変わる契機があって、彼自身がそれに「挑戦しようとした」という点。

そして、最後、サンフンは暴力によって死んでしまうけれど、彼を通じて結びついた人たちが縁を育てて、一つの小ファミリーみたいな人間関係をつむいだこと。ここがすばらしかった。

変わろうと挑戦する姿勢、そしてそこから生まれる人とのつながり。それこそが淡々とすすむ日常生活の中の、最高の「ドラマ」なんだと思った。

このドラマチック性に目をつけて脚本化したヤン・イクチュン監督の才能がすばらしい。ここでは触れられなかった、サンフンヨニと交わす会話のシーンは、とくに心を打つ。

ヨニの前だけは、泣けた


こんなすごい映画を作ったヤン・イクチュンって人は、なんと才能にあふれているんでしょう。彼の作品への大きな情熱が伝わってきます。

主人公を演じただけでなく、監督・脚本・編集・製作と関わり、世界で25もの映画賞をとったのは、彼が、この映画で、社会の底辺に這いつくばって生きる똥파리(糞バエ)人間の魂の再生というテーマに真っ向から挑んだから。

「圧倒的」な映画です。
韓国映画ここにあり。拍手喝采。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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