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これこそ純愛の古典映画。ソン・イェジンにひーひー泣かされる!「ラブストーリー」(2003) クァク・ジェヨン監督

2020-01-31

恋愛一つでなんでこんなに我慢しなきゃなんないの? 永久不滅のおさげ髪ラブストーリーに悶えるっ!

作品情報

  • 受賞 2003年大鐘賞映画祭 新人女優賞(ソン・イェジン)
       2003 第39回 百想芸術大賞 女子新人演技賞(ソン・イェジン)
       他
  • 評価  5.0★★★★★
  • 制作 2003年
  • 上映時間 132分
  • 原題 클래식(クラシック)
  • 英語題 The Classic
  • 監督 クァク・ジェヨン
  • 脚本 クァク・ジェヨン
  • 撮影 イ・ジュンギュ
  • 出演
    ソン・イェジン---娘:ユン・ジヘ / 母:ソン・ジュヒ
    チョ・インソン---オ・サンミン、演劇クラス
    チョ・スンウ---オ・ジュナ
    イ・ギウ---ユン・テス、ジュナの高校の親友
    ソ・ヨンヒ---ナ・ナヒ、ジュヒ高校の親友
    イ・サンイン---スギョン、ジヘの大学の親友
    キム・ビョンオク---ジュナの担任
    オ・ギファン---郵便配達人
    イム・イェジン---売店のお姉さん

予告がなかったので、代わりにこれをどうぞ。

あらすじ(ネタバレなし)

ユン・ジヘ(ソン・イェジン)はどこにでもいる活発な大学生だ。親友のスギョン(イ・サンイン)が演劇学部の先輩サンミン(チョ・インソン)に夢中なのだが、いつの間にか自分も好きになってしまった。だがスギョンを裏切ることはできないので先輩のことは考えないようにしている。

ジヘは早くに父と死別し、母と二人暮らしをしてきた。ある日、母が外国旅行にでかけている間、古い手紙と日記が入っている箱を見つける。母は時折この箱を開けては手紙を読み、涙を流していたっけ。なにが書いてあるのだろう。ジヘはそっと箱を開けてみた。

箱には、母が父ではない男性に宛てて出したラブレターとその男性から送られてきたラブレター、そして日記が入っていた。ジヘは母に悪いと思いながらも、日記と手紙を読みはじめる。箱の中のすべてには、母ジュヒ(ソン・イェジン)のある男性に対するクラシックな純愛であふれていた。

(過去に戻る)
1968年夏休み、ジュヒ(ソン・イェジン)はスウォンから休暇で田舎に遊びに行くが、そこで初恋の人オ・ジュナ(チョ・スンウ)と出会う。ジュナもスウォンから叔父の家に遊びに来ていた。二人きりで、川向うにあるお化け屋敷を探検した後、夕立に遭ったり、夜の空を舞うホタルを見たりして互いに忘れられない一日を過ごす。スウォンに戻ったジュナは、ジュヒが親友テス(イ・ギウ)の婚約者だと知る。ショックを受けるが、テスに頼まれてラブレターの代筆をジュヒに書き続ける。

その後も二人は、周りに隠れて逢瀬を重ねるが、次第にそんな付き合い方に絶望を感じてくる。ジュヒの父親は国会議員であり、対面を重んじる門家だ。ジュヒはいずれは親同士が決めた婚約者テスに嫁いでいく。ジュナは、なんとか運命を変えたいと、テスにジュヒと付き合っていることを告白する。テスは取り乱さず受け入れるが、ジュヒのことを愛しはじめていた苦悩から逃げるように、その後自殺未遂を図る。

親友のテスが自殺未遂を図ったことにジュナは大きなショックを受ける。自分だけ幸せになろうとしたことに罪悪を感じ、ジュナはベトナム戦争の兵士に志願する。お別れの駅、死なないで帰って来てと泣くジュヒ。ジュナを乗せた電車は遠くなっていった。

「猟奇的な彼女」のクァク・ジェヨン監督が手掛けた、親子2代に渡る情緒的なのにスペクタクルなラブストーリー。ジヘは母ジュヒの若い頃の悲恋をひも解いていく中で、不思議な縁に自分もまた結ばれていることに気づく。この世に生きていることは、クラシックでストレートに生きた先人の思いが過去にあったからということ。「ラブストーリー ~クラシック」」 愛しい人へ惜しみなく注がれる永遠の愛に残された者はただただ涙が頬をつたう。2003年、観客動員数17位。



※この先は、ネタバレが含まれます。未だ御覧になってない方は読まないことをお勧めします。


ソン・イェジン、チョ・スンウ、クァク・ジェヨン監督、悲恋なのに心が温かくなり、ひたすら泣けてくる映画。

左)ジュヒ(ソン・イェジン)            右)ジュナ(チョ・スンウ)

昔見た時よりも、今見た時のほうがずーーーーーーっと好きだこの映画! 

昔はちょっとしたシーンでがっかりしたりしたが、経年して鑑賞すると、すべてがすばらしいと思った。音楽もカメラワークも風景もキャスティングも! この映画のもつすべての感性がすばらしいと再確認できるのだ。なんてすばらしい映画なんだろう。この映画と同時代に生きていてほんとうに幸せを感じる。神様!


撮影当時、ソン・イェジン21才、チョ・インソン22才、チョ・スンウ23才。勢いのある若い時代にこんなすばらしい作品に出演し、ラブストーリーの王道、神映画として後世に残るものになった。ソン・イェジンはこの映画で、韓国のアカデミー賞である 大鐘賞映画祭で新人女優賞をゲットしている。
 
舞台は母の時代と娘の現代とに分かれるが、母ジュナと娘ジヘの一人二役をこなしたソン・イェジン。全編にわたって登場し、さぞかし大変な苦労があったろうと想像する。あなたが2倍の出演料をもらったとしても誰も文句言えない! 

一方、ジュナを演じたチョ・スンウについて言えば、その可愛らしい八重歯と笑顔に悶絶しそうになった。童顔ゆえにソン・イェジンと組んでもマッチョないやらしさを感じずに終われたのは、監督のキャスティングの上手さであろう。ミュージカル俳優だそうだが、映画の彼しか知らなかったので、今後はミュージカルの世界をのぞいてみたくなった。


クァク・ジェヨン監督の作品だけあって、観客を楽しませる要所要所の珠玉のシーンはさすがだ。どうしようもない悲恋なのに、すべてに感動して泣けてくる映画である。観賞後は、黒い雨雲がなくなり柔らかな日差しに包まれる。同じ監督だからか、「猟奇的な彼女」と似た感性にすっぽりとくるまれてしまう瞬間があるが、時代設定、キャラクターが違っても普遍性を求める達人にかかると、すべては高嶺の一点に帰結していくような気がする。

すばらしい作品だ。



この映画、わたしが感じた魅力は以下だ。

①監督のすばらしい脚本。作品構成。
②魅せる女優ソン・イェジン
③ スウォンの美しい風景 。 韓国人的抒情風景。

1.この映画の最大の魅力は、クァク・ジェヨン監督のすばらしい脚本にある。構成の上手さに拍手喝采!

たしかに技巧に走った映画ではない。パク・チャヌクのように美的な映像美に格別富んでいるとも言えない。高尚で古めかしい訓話もなく、計算しつくされた間合いもセリフ回しもない。なーんもないが、観客をキョーレツに惹きつけたのは、ただひたすら純朴に純愛を見つめたドストレートな脚本と飽きさせない構成だろう。


この映画の魅力を具体的に言うと、
娘ジヘが母の昔の恋人への手紙と日記をたまたま見つけ、その手紙と日記を読みつづけていきながら、母ジュヒが登場し、1968年へと回帰する設定である。どこにでもあるような展開だが、それがじつによく作られているからここに力説したい。つまり、映画は進みながら過去と現在が交差していくのだが、その交差する瞬間が1mmも混乱せず、非常に分かりやすく作られている。しかもとても魅力的にだ。


一例を出そう。写真で見るとこうだ。

1968年のジュナがジュヒを思って喜ぶと現代のジヘにも喜びが伝わり、

1968年のジュナが図書館でラブレターを書くと、現代のジヘも図書館で彼の日記を読み、

1968年のジュヒが手紙を読んで感動していると、現代のジヘもその手紙を読んで感動する。


このように、現代と過去のつなぎがスムーズでわかりやすく、この作りに「ああうまいなぁ」とうなってしまう。

二つの時代がまるで今そこにあるかのように同時進行していて、最後に、ジュナとジュヒの過去のすべての悲しみや苦しみや愛するという喜びまで含んで、現代に生きるジヘとサンミン(ジュナの息子)へ愛が注がれていく展開に、ああなるほどそうだったのね!と手を叩いてしまうのである。

この見事な一体感を作り出しているのは間違いなくクァク・ジェヨン監督の脚本の上手さと構成の秀逸さにあると断言できる。すべての事象は個別に起こっているが、そこには深い意味があり、その意味を知る日までは我々浅はかな人間は何もわからない。しかし、人生のすべては必然であり、そこには理由がある。そんな希望を感じさせてくれる映画である。作りがていねいで上手いのである。


クァク・ジェヨン監督は大学の専攻は物理であったと聞く。驚いた。演劇や文学を専攻した人間ではなかったのだ。
理数系の人間がここまで抒情的で感性にあふれた作品を書けたのはなぜだろう? 考え抜かれた脚本の見事さに理数系の緻密さが入っていることは間違いないだろう。だが、この映画は間違っても理論や理屈をならべたてたものではなく、人間的な温かさにあふれたロマンチックな映画である。彼をこの感性あふれる作品メーカーにつくりあげたものは何だったのか? デジタル化できない人間の感性の世界に魅了されたからか?!

猟奇的な彼女」「ラブストーリー」「僕の彼女を紹介します」「デイジー」。
クァク・ジェヨン監督がもつ世界観にとてつつもなく魅了される。その奥深さを探るために今後ももっともっと知りたいと強く思う。

2.魅せる女優ソン・イェジン。長く愛される理由がある!

キャスティングで言うと、この映画を最高に盛り立てたのは間違いなく、主役のソン・イェジンだ。

「ラブストーリー」は、彼女の出演映画の中では4本目だが、初めて主役の中の主役を務めた作品でもある。それまでは二番煎じな感じがどうしてもぬぐえなかったが、この映画は最初からクァク・ジェヨン監督がソン・イェジンに期待を込めて主役へと大抜擢した作品だ。

では、ソン・イェジンの魅力とは一体何だろう?

単なる可愛い女優なら吐いて捨てるほどいる中で、彼女が今日まで韓国のエンターテイメントの世界で君臨し続けてこられたのは、彼女の並外れた努力や実力、生来的な美しさの他に、「魅力的な意外性」があったからだろうとわたしは思っている。簡単に言うと、美人なのに、ブスにも似たおきゃんな表情を惜しげもなく見せてくれるところ

この映画でいえば、テコンドー10年のジヘが雄叫びを上げる雄姿や、ジュヒが風邪をこじらせ入院した時に見せたブス度である。本物のブスがやると殴ってやりたくなるが、彼女がやるとその意外さにキュンキュンとくるか笑えてしまう。ほんと美人は何をやっても得だ。この意外性がグロにとられて失敗する美人もいるが、ソン・イェジンはやはり気さくな美人として魅せる女優No.1なのだ。


ちなみに、テコンドーのシーンであるが、スローモーションで見ると、実際に木を真っ二つにぶったぎっていたのは別人でした。ソン・イェジンは目立ったところだけポーズをとり、早回しになると別のテコンドー女子が入れ替わるという具合(たぶん二人くらい)。ただ、ソン・イェジンの雄叫びや顔の表情のおもしろさは抱腹絶倒するぐらいおかしかった。見る価値あり!

我らがソン・イェジン。愛すべきおきゃんな美人です。

3.スウォン(水原)の郷愁あふれる風景。原始色の山、川、空、雨に心が叫びそうになる。

スウォン市。
ソウルより南40kmにある

①この映画は、序盤から美しいスウォン(水原)の風景描写にあふれている。なぜだろうと考えたら、監督自身がスウォン出身だった。ははは。
なるほど。だから、スウォンの美しさをようく知っているし、観客にそのスウォンを見せたいという強い気持ちが表れたのだろう。

映画は、郷愁にあふれる田舎の風景の連続だ。突然降りだす雨、お化け屋敷、川の渡し舟、荷車を引く牛、夜空を悲しげに飛ぶ蛍・・・、どんな小さなシーンにも監督のスウォンへの思いがあふれていて、見ているこちらまで胸がいっぱいになるほどだ。わたしも田舎で育った人間なので、こういう田舎の情緒をかんじさせてくれる映画にキョーレツに惹かれる。

映画に映し出される大きな風景の中にいる小さな人間。二つは対比されればされるほど、醜くて薄汚い人間がほんの少し可愛く思えてくるから不思議だ。この小さな錯覚は日常の憂さを忘れさせてくれるようで、最高の癒しになる。


②あと、この映画も御多分にもれず、雨のシーンが多い。
韓国人はソナギ的情感にあふれた風景から離れることは絶対にできない。ジュヒとジュナの初デートに雨のシーンが選ばれたのも納得がいく。雨のシーンが過去と現代にわたって頻繁によく出てくる。

雨が降ると暗くなり、もの悲しくなるのだが、この映画では雨が悲しく映らなかった貴重なシーンがあった。それは、ジヘがサンミン先輩も自分を愛していてくれていることに気づいたシーンである。雨の中、傘もささずに飛び出していくジヘ。もっと降れとばかりに空を見上げながら全身で雨を受けめて走る。これは、ジュナとジュヒが雨に打たれながら、希望のない自分たちの未来に絶望して泣いたシーンとは対照的なものを感じた。

雨が作り出す名シーン。
雨を主役にも匹敵する存在にするのは世界広しと言えども、韓国人を除いて絶対にいないと断言できる。それぐらい韓国人は雨のすべてにこだわって作品を作っている気がする。ソナギ的世界観は彼らの血肉そのものなのだ。

悲恋と雨。これほどの無敵カップルは存在しない。

・・

残念シーン。監督!ここの演出は、完璧な純愛を貫いてほしかった・・・完全無敵で、鉄板の純愛ラブってーもんを!

ジュヒとジュナ。報われぬ初恋に苦悩する二人。

ここのシーンは、正直なところあまり好きでなかった。

ジュヒとジュナが報われぬ恋だと知りながらも逢瀬を繰り返し、ジュヒの家の近所でキスをしたり、上記写真のようにべたべたと肩を寄せ合ったりするシーンだ。近所の目が気にならないのかな。

あまり好きでないというのは、それまでの純朴純愛なイメージとかけ離れた感じがするからだ。

確かに、二人が苦悩しているのは分かる。親が決めた婚約者と結婚したくなんてない! つらいだろう。どうすれば周りを説得して堂々とつき合うことができるのか。だが、1968年の昔、高校生の身分でこんなに艶っぽくべたべたしただろうか? 疑問に思うし、とにかくおさげ髪と学ランの純朴な恋愛はほんとうは手も触れてはいけないのが鉄則だ! それなのに、なんだ!いきなり場末のキャバレーのお姉ちゃんとまでは言わないが、手慣れた感じで肩寄せ合っちゃったりして。あんたたち調子にのっちゃって~。おい。私が高校生の時代でさえ3年間勉強に部活に一心不乱で、こんな浮ついたことはしなかったぞ。

「ラブストーリー」って結構ラブラブやるじゃーん。って2005年当時思ったのを覚えている。だが、はっきり言わせていただく。このシーンだけはクァク・ジェヨン監督、あなたにもう一回撮り直してもらいたい。ジュヒとジュナの二人は手も握らず目も合わさず、会話は1メートル離れて糸電話で話し、最後はうつむくように別れるという演出で。ね、君、たのんだよ。


あと、余談ですが、これも同シーンでの話。
ジュヒがジュナにがばりとチューをされた時、彼女がジュヒを軽く押しのけ、「息が苦しいわ」と言い返した瞬間、へんな違和感を感じてたじろいだ。わたしはこのシーンはジュヒの貴重なキス初体験シーンだとばかり思っていたので、このおっさんのような対応に、はあああああ?と思ってしまったのだ。穢れ(けがれ)を知らない乙女なら初キスの場合、目をつむって上を向きドキドキしながらその間中必死になるのが定番なのだが、ジュヒはそうではなかった。彼女はキスより呼吸の方を大切にした・・・。つまり、キスを小慣れたように扱った感じがして、見ている者としては肩透かしをくらってしまった。豆腐一丁あがり~!みたいな。

監督、この妙な演出は何だったのだろう? それともわたしの感じ方がおかしいのか? 

いやまてよ。しばし私は考えた。「息が苦しい」とは、乙女が初キスをする時にこそ生まれる名言なのかもしれない。初めてだったからこそ息が苦しく思えるのだ。もしもキスに慣れていたら、スムーズに呼吸ができていたのだろうから。難しいですね。このシーンの捉え方は。
あと・

「ラブストーリー」に登場する忘れられない挿入歌! イントロ聴いただけで名シーンが甦るんだこれが!

その① ジヘがサンミン先輩と雨の中走り出すシーン。この挿入歌すっきゃ~!「君にとって僕は 僕にとって君は」 by 自転車に乗った風景

音楽に関して言えば、「ラブストーリー」はオリジナルな曲ばかりだったので(パクリがない)、すごくよかった。

中でも、とくにこの曲、「君に僕は 僕に君は」は、思わず隣りの人と肩を組みながら歌いだしてしまいたくなるぐらい好きだ。
歌っているのは 自転車に乗った風景(자전거 탄 풍경)というバンド。変な名前だが、略してジャタンプン。2001年に結成された3人のフォークバンドだ。 上に韓国語字幕付きの動画を挙げておきます ↑

ジャタンプンは紆余曲折を経て、現在は 木の自転車(ナムジャジョンゴ) というバンド名になっているそうだ(どうしても自転車から離れられないのね・・・)。コンピューターで音楽を量産する原題の音楽からはかけ離れた、まさに自転車に乗って見える風景が彼らが追い求める音楽だ。アナログってやっぱりいいよなぁ。エレキがメロディアスにグィィィィンと奏でるのが郷愁を誘う。そうそうそう。こういう人間くさい音楽を聴きながら育ったんですわたしたちは。いい時代だった。

ああ、心が喜ぶ。


この挿入歌は、雨の中ジヘとサンミン先輩が図書館へ駆けだしていくシーン、そしてジヘがサンミン先輩の自分への思いに気づいて、これまた雨の中走り出していくシーンに使われる。陰鬱な雨のイメージが吹き飛び、二人を優しく包み込む温かい風景へと変わっていったのが不思議だった。何度も言うが、韓国人ほど雨を味方につける民族はいない。この挿入歌と雨、見事な組み合わせになった。

ジャタンプンの3人は、映画終盤に特別出演として登場している

ジュヒが、ジュナとの思い出の川辺で娘と遊んでいた時、ジュナの友人たちが亡くなったジュナの遺灰を撒きにくる。この友人たちがまさにジャタンプンの3人である。顔をよくみるとジャタンプンだ! カン・インボン、キム・ヒョンソプ、ソン・ボンジュ!いえ~い。 

監督、粋な計らいをする!さすが!

その② ジヘが美術館を歩くシーン。この挿入歌すっきゃ~!  「告白」 by Deli Spice (델리스파이스)

「ラブストーリー」挿入歌  「告白」 by Deli Spice

ジヘがサンミン先輩に一目会えたらいいなと美術館に行くと、そこには横恋慕魔の親友スギョンもいた。大好きな先輩に近づきたいけど近づけない、微妙な距離感を隔てながら、背後に流れてくるのがこの Deli Spice の「告白」である。Youtubeで韓国語字幕があるものを見つけたので、情報にどうぞ。

このシーンもめちゃくちゃ大好きだった!

クァク・ジェヨン監督は、どうしてこんなステキなシーンが撮れるのだろう。なぜ心の中にイメージできたのだろうと、監督の感性に脱帽する。

ジヘが美術館を歩く。横を見るとサンミン先輩とスギョンが歩いている。
ジヘとサンミン先輩との間には絵画やスギョンという障害がずっとあって、歩くに連れて風景が変わっていくが距離は縮まらない。最後に行きつくまでに、子供が走ったり学生が走ったり、彫像を運ぶ人が来たりと、さまざまに風景が入れ替わっていく。その間、実はサンミン先輩もちらちらとジヘに視線を送っている(最後には、生徒にカンチョーされている先生がオチを飾る。きゃ。サイコー!)。

ここ、ほんとうに楽しくて、二人の微妙な距離感を表した見事な表現シーンなのだ。
片思いの微妙な距離感ってこんな風に表現できるっておもしろい! 素直にすごいなと思った。


Deli Spice は1995年結成の韓国のバンド。音楽にはオルタナティブロックというジャンルがあるそうだが、Deli Spice は韓国で初めてそのオルタナティブロックを知らしめたグループであるという。オルタナティブロックとは、英米の産業ロックに反発する流れで出来たジャンルで、1960年代のロックへの回帰という方向性をもつ。うむ!気骨があるじゃないか!? 

このDeli Spiceの音楽は、「ラブストーリー」だけでなく、他の映画ドラマの音楽にも多く使われている。「青春漫画 ~僕らの恋愛シナリオ」(キム・ハヌル、クォン・サンウ主演)の音楽も、Deli Spice の キム・ミンギュ が担当しており、韓国のエンターテイメントの世界では、Deli Spiceの音楽を支持する人々はすこぶる多い。

産業ロックも悪くはないけど、やっぱりこういうアナログ回帰な音楽って、心の中に長く残ると思いません? 
音楽が、体温と同じ温かさで流れている気がする。あの頃の純愛のように。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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