メロー ラブロマンス

ゲロ吐くまで泣けて泣けて泣けまくる! 愛することをこの映画から学べ!「私の頭の中の消しゴム」(2004) チョン・ウソン、ソン・イェジン主演

2020-01-05

美男美女には悲恋が似合う! ハンカチ5枚じゃ足らないのよ! 10枚必要よ!!!

作品情報

●評価 5.0★★★★★
●制作2004年。韓国公開は2004年、日本公開は2005年。
●上映時間 117分
●キャッチコピー 「死より切ない別れがある」
●原題 내 머리 속의 지우개(私の頭の中の消しゴム)
●英語題 A Moment to Remember / Eraser In My Head
●原作 読売テレビドラマ「Pure Soul~君が僕を忘れても」(2001)
●主題歌 A Moment To Remember (原題:『風笛』大島ミチル)
●日本版イメージソング 「遠き日」アンダーグラフ
●監督 イ・ジェハン
●脚本 イ・ジェハン
●出演
チョン・ウソン---チェ・チョルス、工事現場監督、建築家
ソン・イェジン---キム・スジン
ペク・チョンハク---ソ・ヨンミン室長、スジンの元不倫相手
イ・ソンジン---アンナ・チョン、スジンの同僚
パク・サンギュ---スジンの父、建設会社キム社長
キム・ヒリョン---スジンの母
ソン・ジヒョン---スジンの妹、チョンウン
キム・ブソン---チョルスの母、オ・チョンジャ
クォン・ビョンギル---イ博士
イ・ジョンミン---(スジンの入院する)療養施設看護士

あらすじ(ネタバレなし)

2005年日本公開と同時に、日本中の韓流ファンのハートを奪ったチョン・ウソンとソン・イェジンのドストレートな純愛映画!

駅で一人待つスジン(ソン・イェジン)。彼女は心から傷ついていた。一緒に駆け落ちしようと約束したあの人は現れない。バカな自分。そんなことは分かっていた。彼は奥さんと仕事を選んだのだ。それだけのことだ。

スジンは駅を出た。これからどうしよう。不倫を反対され、家を捨ててきたのに行くところがない。ノドが渇いた。近くのファミリーマートに入ってコーラを買うが、疲れていたのか買ったコーラと財布まで忘れてきたことに気づく。急いで戻ると、髪の毛ぼさぼさの男がコーラを飲みながら出てきた。自分が買ったコーラをただ飲みされたと直感したスジンは、迷わずそのコーラを奪い、男の目の前で飲み干す。

恋に破れ家に帰ったスジンを家族は温かく迎える。スジンは髪を切り、過去と決別することを決める。季節が過ぎ、スジンが勤める会社で資金の持ち逃げが起こる。店のオープンが予定より大幅に遅れることに。スジンが窮地を父親に相談すると、ある男性従業員をスジンの会社にお助けマンとして派遣してくれた。エレベーターが開くと、スジンの目の前に、なんとあの日のコーラ男が立っていた。

コーラ男の名はチェ・チョルス(チョン・ウソン)。仕事熱心で真面目。頑固がつくほど妥協しない男だ。父の会社でも一目置く職人肌の建築士。二人は偶然の再会に戸惑いながらも、おとずれた運命を静かに感じとる。気がついた時には、お互い離れがたい存在になっていた。

寡黙で孤独なチョルス。良い家庭環境に恵まれなかった彼は、9歳の頃から建築現場に出て働き、一人で生きてきた。そんな彼が出会ったのは、裕福な家庭に育ち、明るく感情ゆたかな女性キム・スジンだ。純粋で、感情を素直にぶつけてくるスジン。自分にはないまっすぐで、温かい陽光をもつスジンにチョルスは惹かれていく。

スジンから結婚を切り出された時、チョルスは二人の育ってきた環境の違いから、結婚を否定的に捉えていた。しかし、スジンが重度のストレスで倒れ、彼女がどれほど自分にとって大切な存在だったのかに気づく。チョルスはスジンと結婚する意志を固め、スジンの父親も二人が深く愛し合っている姿を目の当たりにし、結婚を許すことに。

結婚後も二人は仲睦まじく、幸せに暮らしていた。ところが、スジンは奇妙な現象が自分に起こり始めていることに気づく。会社からの帰り道、道に迷って帰れなくなることがあるのだ。帰宅してもそこが自宅であるという実感がもてない。病魔がすこしずつスジンの中で進行していた。病院で診断を受けると、若年性アルツハイマー病と判明する。新しい記憶から消えていき、やがては自分さえも誰だかわからなくなる病。27才のスジンには死の宣告も同然だった。

スジンは自分が壊れていく現実に泣き崩れる。結婚したばかりだ。チョルスの悲しみを思うと話すことができない。一方、チョルスも度重なるスジンの異常な行動に不安なものを感じ始めていた。妻が通っていた病院をたずね、真実を知る。スジンが深い悲しみを抱えて苦しんでいたことにようやく気がつく。

あなたを苦しめたくない、別れたいと泣くスジンを、チョルスは強く抱きしめる。愛する人が生きながら死んでいく。残酷な運命を宣告されながらも、二人はそれぞれにできる精一杯の真心を尽くそうと努力する。二人がともに歩いてきた道は春の陽だまりのように輝いていたから。




※この先は、ネタバレが含まれます。未だ御覧になってない方は読まないことをお勧めします。


この映画がどれほど日本で愛されたか。いまだにソン・イェジン、チョン・ウソンといえばこの映画を思い出して、心が悶える。

チョン・ウソンとソン・イェジン。若くて勢いがあって、演技に力がある。
チョルスとスジンは永遠だー!

  「頭の中の消しゴム」は、2003年、「冬ソナ」がNHKのBSで放送され、日本が韓流ブームに沸いていた翌年に日本公開された大ヒット映画である。2004年は、「彼女を信じないでください」「スカーレットレター」「ブラザーフッド」等、力のある韓国映画が百花繚乱(ひゃっかそうらん)で制作され、日本の映画市場を席巻した時代だ。

孤高な男チョルスを演じたチョン・ウソン、純真でまっすぐに人を愛するスジンを演じたソン・イェジン。二人ののみずみずしい演技は、今でも我ら「消しゴム」ファンの心をとらえてはなさない。育った環境を乗り越えて夫婦になった二人に訪れた若年性アルツハイマーという悲劇。この映画でチョン・ウソン、ソン・イェジンの人気は爆発し、一気にスターダムにのし上がったと言える。それほどハートわしづかみ!!!の映画だった。

2001年作の「猟奇的な彼女」はすばらしい作品であったにも拘わらず、日本では韓国映画にコアな人だけが知っていたちょいヒット映画だったが、一方、この「頭の中の消しゴム」は、公開された当初からヒットを飛ばしまくり、公開後4週連続第1位を記録。韓国映画の底力を見せつけた衝撃的な映画だった。 ちなみに韓国では、公開後3週連続第1位というから、日本の「消しゴム」愛は母国韓国より最強だったわけだ。

チョン・ウソンとソン・イェジン。若き日の二人は、まさに三浦友和と百恵ちゃんみたいに(あたし古いか?)美男美女のカップル感満載で、美しく、勢いがある。こんなドストレートのラブストーリーに出演した二人が、なぜ結婚しなかったのか? が不思議でならないほど。映像から二人の仕事を超えたイチャイチャ度が伝わってくる気がしたのは私だけか? わたしってただの下世話好きのゲスい女か??? 

いずれにせよ、二人が今もって韓国の映画界の先頭を突っ走りまくっているのは、うれしいことこの上ない。いえい。

楽曲の盗作でケチがついたが、それでもこの映画のすばらしさは消えない。イ・ジェハン監督、感動をありがとう。

1. カバー曲として快諾した大島ミチル側の懐の深さに感動する。

1999年10月4日~2000年4月1日 NHK朝の連続小説「あすか」 大島ミチル作曲


ふん。たしかにね、あの当時、だれもが思った。

早い人は、この映画が日本公開される前(つまり韓国公開)から気がついて、噂になってました。そう。この映画の主題歌、A Moment To Remember 大島ミチル大先生「あすか」の主題歌と酷似しているってこと。つまり、パクリじゃないの? これやばいんでないの?ってことを。わたしも当時、この映画を見た時は、あれれ?と驚いたことを覚えている。主題歌が、なんと大好きな「あすか」のメロディと超激似・・・。

①パクっちゃったのがまたNHKの朝の連続テレビ小説の主題歌だったってこと(国民的ドラマね)。
②大島ミチルという人気作曲家の曲だったってこと。

この2点は絶体絶命。韓国、やっちまったと思いました。でも、さすがにこのままではいけないと思ったのか、制作スタッフサイドが酷似を認めて謝罪(盗作とは認めていない)、大島ミチルさんにカバー曲として承諾をもらったとのこと。

要は、事後承諾ってことね。事前承諾があったのなら、なぜそれを普通にクレジットに記載しなかったのか。ということで、大島ミチルさん側の懐の深さに感謝する。でなきゃ、このすばらしい映画がみじめになった。

同時に、ここで思ったのが、韓国でもこの大島ミチルさんが作曲した「あすか」のテーマソングが作品を作る人たちの心を震わす一曲となっていたんだなということ。当時、この私でさえも ipod に入れて持ち歩いたぐらいだから、「あすか」のオリジナリティ、すばらしさは説明するまでもない。名曲中の名曲だ! 聴いているだけで涙が出てくる。いっそのこと、大島ミチルがこの映画のOSTすべてを手掛けたらもっとよかったのにと思った。

大好きな韓国映画の音楽担当に大島ミチルがデビューする日が来たらいいのに。

そんなアホなことを考えたり。

2.それでも色褪せないこの映画のすばらしさに、毒女は悶えるっ!

さて、楽曲のことはさておき、それでもこの映画が伝えたことのすばらしさは消えない。

正直言うと、初回の鑑賞時、一抹の不安があった。
主人公がアルツハイマー病に侵されるという物語ゆえに、つまり①具体的な病名が入ってしまったこと、②その病名が、ラブストーリーには不釣り合いなアルツハイマー病であったこと(語弊があったらすまぬ)。ほんとにこれで、観客の心を最後までひっぱれるのか? この2点がとても気になった。わたしは原作の「Pure Soul~君が僕を忘れても」を見ていないので、この程度の認識でした。

この映画、どこにどう落としどころをもっていくのだろう???


エンディングロールが近づくにつけハラハラする自分がいた。ドキュメンタリーのようにチョルスによる介護シーンが入るのか? それとも主人公スジンを突然死させて終わるのか? 壮絶な介護の到来をオブラートにくるんでただ綺麗に終わるのか?(一歩間違えれば観客の臨場感がずたぼろになる!)心配で仕方がなかった。

最後、チョルスがスジンが入所している療養所を見つけ出し、彼女をはるばる訪ねるシーン。
登場したスジンが相も変わらず小ぎれいで愛らしい様相であったこと、痴呆症患者にある狂言めいたことを口走らなかったこと、疲れた感じもなく、チョルスとドライブしてニコニコ顔で終わっていったことに、少々物足りなさを感じたのは、わたしが15年前に観た時の感想だ。

しかし、年を経て見直して思ったのは、そこには大きな感動以外になかった。ここだけは経年に感謝したいところである。



スジンがチョルスの前から姿を消した後、しばらく経って彼女はチョルスに手紙を残す。手紙にはこんなことが書かれていた。


「・・・(あなたは)一度も愛していると言ってくれなかったけれど、わたしを愛していることはわかってる・・・」

チョルスは、愛してる? そんな当たり前のこと言わなくても分かるだろうと思っていたはずだ。だが、たったその当たり前の一言を彼はまだ伝えていなかったことに気がつく。彼女が記憶がある内に伝えなければ自分の人生は終わりだと思い、その言葉を伝えるためにスジンをドライブに連れ出す。そこには付き添いの看護士も誰もいなく、あの時の二人だけの世界だ。スジンが隣りにいて、あの時と同じように微笑んでいてくれる。


「サランヘ」


風に吹かれながら伝えるチョルス。
子供のように彼を抱きしめるスジン。
車はまっすぐな道を、まっすぐ突き抜けて走っていく。

最後のシーン。チョルスがにやりと笑う!してやったり!

たしかに、アルツハイマー病というのは記憶がなくなっていく病気だ。症状への対処がわかっていない内は恐くて仕方がないだろう。だが、映画が伝えたいのは、病気のことではなく、記憶がなくなるということ=魂が死ぬことなのか? そこには、目の前が見えていないと不安になる人間どもの問いかけがある。

映画は静かにこれを否定する。①記憶がなくなっても「魂の中に刻まれたものは永遠に残る」 そして、②今この瞬間、この目の前にある幸せこそが永遠だということだ。たしかに、介護の苦労や悲しみは現実として迫ってくる。しかし、そこに心を憂いているよりも、今この幸せな瞬間を魂に刻みつけることのほうがはるかに人生を大切に生きられることを、この映画は伝えてくれている(そうでしか終われないし、これこそ悲劇映画の超ソフトランディング最良法なのだ!)。

それは、最後の最後、スジンに抱きしめられたチョルスが、風に吹かれながら画面に向かって、かすかに微笑みを浮かべた瞬間、見事に伝わってきた。ああ、このエンディングしかないよね! わたしは心の中で手を叩いた。

すべてはくよくよ悩んでいても仕方がないのだ。スジンと再会した日、「どうしてあたしのこと覚えていたの?」と無邪気に問いかける彼女の言葉を遮るかのように、チョルスはスジンを乗せて夕暮れの道を走り抜けた。そんな風にこの後もずっと、彼女がくれたたくさんの幸せな思い出を胸に、チョルスは彼の人生を走り抜けていくしかないのだ。

わたしは、最後のシーン、チョルスが悲運にむせび泣く男として走ったのではなく、スジンを抱きしめ、運命に勝ち誇ったようににやりと笑ったのを最高の演出だと思っている。なぜなら、それが彼女が望むチョルスらしさだからだ。また、映画らしいといえばいいのだろうか。現実を超えた永遠の強さを感じるからこそ、これだよこれ!と心が小躍りした。

ほんとうに感動した最後のシーンだった。

確かに、ベタな終わり方に興ざめしたと言う人もいるだろう。夢物語のようでがっくりきたと。だが、わたしはこの最後のシーンがあったからこそ、この映画が、今なお韓国映画史上不動の人気No.1ラブストーリーになったと思っている。そう。相手が会社の社長だろうが誰だろうが自分流を貫き通してきたチョルスである。非業な神様の仕打ちに、にやりと笑って返した目の光が、いたずら小僧のようで痛快爽快だった。

悲しみを知り尽くした人間は、運命に泣かない。
にやりと笑って返すのだ。

気になる撮影地。カンヌン市とファミリーマート!

1. おねがい!スジンってどこに入所したの? カンヌン市ってどこにあるの? あたしもスジンのお見舞いに行きたい!

当時、この映画を見て、わたしもできることならスジンのお見舞いに行きたくなったことを覚えている(アホか!)。はて、それはどこにあるのか?

スジンが置手紙をしてチョルスの前から去り、終身療養所に入所してしまう。彼女がどこに去ったのか知らないチョルスは苦悩する。しばらくして、スジンから手紙がくる。切手の押印を見ると「カンヌン市」とある。チョルスは、一目散にスジンのいるカンヌン市までオンボロジープを飛ばすわけだが、はて、カンヌン市ってどこにあるのだろう? 調べた。

なんとまぁ遠いところにあった。
以下の地図を見られたもう。

なんと江陵市(カンヌン市:강릉시)は、ソウル(黄丸)から168kmも東に離れたところにある(赤丸)。しかもスジンのいた療養所はベランダから海が広く見渡せたので、海沿いの景色のいいところで余生を過ごしているのだろう(もちろん彼女は今もそこで療養しているのだ!ご存命なのだ。信じよう ww)。撮影場所の情報では、江陵市のアサン病院とあったので、ここでスジンの療養所は撮影された可能性が高い。

ん??? ということは、

チョルスが「外出できますか?」とスジンと付き添い看護士を、二人が最初に出会ったファミリーマートまで連れてきているが、これってカンヌン市からはるばるソウルまで連れてきたってことだよね? つまり、ソウル→カンヌン市を一日で往復したってことだよね? 体めちゃめちゃ疲れただろうに。その後、スジンといっしょにドライブするのだから、すごい!体力ある!

とまぁ、コアな「消しゴム」ファンなら考えてしまうだろうが、そこは笑って流してあげましょう。
このカンヌン市、いつか機会があれば訪れたいな。死ぬまでに一度。

2.この映画を見て以後、ファミリーマートがマイコンビニ No.1 として定着してしまった。消しゴムファンのファミマ好きは、ここから始まる!

二人が初めて出会ったファミマは今はもうない・・・。しくしく。

チョルスとスジンが出会ったファミリーマート。

それは、カンナム区、ヨクサム(駅三)洞 677-18 にある。現在は残念なことに、CU(韓国資本のコンビニ)になってしまっている。ファミリーマートは、かつては韓国内で7267店舗経営され、国外では最多数を誇っていたが(現在は台湾の3056店舗が最多数)、2014年にライセンス契約が解消され、 社名はBGFリテール、ブランド名はCUに改められているとのこと。消しゴムファミマがなくなってしまい、残念です・・・

だが、わたしはこの映画を見て以来、ずっとファミリーマートのファンになっている。ドアを開ける時、なぜかドキドキしてしまう(アホか)。チョン・ウソンみたいな格好いい男なんているわけナイのに、そんな男とドアですれちがえるはずナイのに。ばばーになっても乙女心はいつまでも永遠にドキドキ♥


神様、チョン・ウソンのような男なら、どんなゲップでも体全身で受け止めます。あらあらかしこ。


これだけ映画によって宣伝されたのだから、ファミリーマートと映画はタイアップでもしてるのかと思って調べたが、そんな片鱗はなく、協賛もしていない。ファミリーマート、ただでこれだけ宣伝してもらって、あんた感謝せーよー映画に。

あ、ファミリーマートのつくね棒、最高においしーっす。
チョン・ウソンとソン・イェジンも食べたのかなぁ。コーラといっしょに。
涙が出てくる。


備忘録。映画の中、忘れられない愛しいシーンたち。

1. チョルスの家で。スジンが、ポケットに手をつっこみ立ち。男装令嬢のように格好よかったシーン。

チョルスの家で。ズボンに手をつっこんだスジン。チョルスも私もしびれた!

ぞくぞくするぐらい好きだったのが、このなんてことないシーンだ。1h27m頃登場する。

バッティングセンター、街デート、そしてチョルスの家。二人がつき合い始めて、いろいろんなシーンが出てくるが、その中でもこのチョルスの家でのスジンの、このポケットに手をつっこんだシーンが、わたし的にはけっこー悶えた。なんなのだろうこのステキさは。この宝塚ばりの男装令嬢のような格好良さは、いったい演出の賜物(たまもの)なのか、ソン・イェジンの素が出たのか。OKだした監督に感謝したい。

めちゃくちゃ自然で恰好よくて、私はスジンという女に瞬く間に惚れてしまった。
いつも清楚で明るく、スカートとハイヒールを履いてきゃんきゃん歩いている女の子スジンではなく、愛想のないズボンに手をずぼりとつっこんで、階段の一段上に立ち、「で、子供の頃の写真ってないのー?」とチョルスに上から聞く目つきが、もう悶えるくらいステキで、たまらなかった。

ソン・イェジンがかわいいから成せる技なのだろう。
いつも一緒にいてチョルス化するスジンを感じられるシーンだった。これこそお宝!

2.香り、目線、音、ため息、涙・・・すべてが五感に訴えかける撮り方。セクシーでため息がもれる。イ・ジェハン監督、さいこー!

この映画、接写が多い。しかも、セクシーな接写だ。そこにアダルトなエロスはなく、セクシーな映画なのだ。エロスを期待して見ると裏切られる。そんな安っぽいものはここにはない。去れい!

接写は、見ている者にその被写体に集中させる効果があるので、一切の背景をふっとばして、観客はまずその被写体の息遣いまで感じるようになる。イ・ジェハン監督、ほんっと最高! ここまでアップで撮るか?!と思ってしまうほどカメラは役者に近づき、毛穴さえ映してしまう。ある意味残酷だ。肌のきれいなソン様・チョン様でよかった。

次に、音だ。コカーコーラの販売機さえも接写する。缶が出て来る音。出てきた缶をプシューと開ける音。これらもすべて接写。そして口元。ごくごく飲み干す音。のどぼとけの動き。げっぷの音。観客はなぜか身動き一つできないはらはらの連続に置かれる。二人の体が触れるわけでもないのに、秒間にセクシーを感じて鼓動ばくばく。固まってしまう。見事だと思う。

スジンがチョルスに顔を近づけながら、ローションの香りを嗅ぎ、遠い過去にあった香りを訪ねるシーン。「この匂いをかぐと不思議な気分になるわ」スジンがつぶやく。接写が続く。こちらまでローションの香が飛んでくるような艶っぽい場面だ。将来記憶がなくなっていく主人公を表現する上で、これら五感の描写はとても大切だ。記憶とは五感によって支えられる。音・香り・目線、味、手の感触。どれもがそこにあって人間の思い出を作っている。

病気はスジンから記憶を奪っていく。五感と病気の対決だ。
観客は、最後になってこれら五感に訴えたシーンの意味がわかるようになる。

2.ちょっとドン引いたシーン。チョルスがいきなり凶暴化して怖い! 血だらけヨンミン室長(ペク・チョンハク)。だれか助けて!

チョルスに踏みつけられるヨンミン室長(ペク・チョンハク)

孤高だけど、チョルスはどこかで優しい人だと疑わなかった観客にとって、このシーンは裏切られたシーンだ。スジンをもて遊び捨てたヨンミン室長が、パリから帰国後またスジンに言い寄ってくるのに激高したチョルスが、外に連れ出してぼこぼこにするシーンだ。

最初、チョルス、いてまえー! と叫んでいた私だったが、ヨンミンの顔が血まみれになって変形してくると、凶暴化するチョルスにだんだん興ざめしてしまった。そこまでしなくてもあなた・・・。

すっげー厚化粧。まるで別人


たしかに、チョルスの怒りは分かる。チョルスが一番キライな男が家の中にまで入って来てスジンに言い寄っている(実際はスジンを心配していたのだが)。

冒頭、純真無垢なスジンはこの既婚者ヨンミンと駆け落ちしようとしていたのに捨てられた。
しかもその当時のスジンの様相はひどかった。まるでそこらのイケイケねーちゃんのような厚化粧に、やさぐれた目つき、不愛想な受け答え、派手色の服装。つき合っている男次第で女はこれほど廃(すた)れるのがよく分かった。スジンをここまでやさぐれ女に仕上げたヨンミン室長って、よっぽどクソ最低男だったんだね。


ちなみに、演じているペク・チョンハクさん。
けっこうこんな感じの役柄が多いのに、涙がちょちょぎれた。
ハンサムでいい男だから、こういう役柄に抜擢されちゃうのかな。

少女たちの遺言」では、教え子と関係をもつ最低先生役。(最後は復讐されて殺される)
「京義線」でも、不倫相手の男役(大学の先輩)。

「頭の中の消しゴム」でも、ハンサム男は体張っています。今後も不倫絶倫男に期待したい。

頭にこびりついて離れない。「私の頭の中の消しゴム」日本版イメージソング 「遠き日」 アンダーグラフ

日本語版予告で使われたイメージソング。アンダーグラフの「遠き日」。

この「遠き日」の曲があまりにも「私の頭の中の消しゴム」の映画内容にぴったりと合っていて、選曲、すげー!と思った。
涙が出るほど胸が苦しくて切ない曲だ。今年2020年はアンダーグラフ結成20周年。わたしはこの映画でアンダーグラフを知ったけれど、あれから16年間ずっと息の長い音楽活動をつづけてきたんだなと感慨無量。

アンダーグラフの他の曲を聴いて総じて感じるのは、昭和っぽくて好きだということ。わたしは音楽はぜんぜんわからないが、サビのところで半音落ちて盛り上がるところや、わかりやすい詩の繰り返し、女性がドラム担当、ボーカルの優しい目、ぜんぶがとても好きだ。

アンダーグラフ公式サイト

このページへチップを贈る

「頭の中の消しゴム」に悶える!

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

-メロー, ラブロマンス
-, , ,

Copyright© 韓国映画に悶える女のブログ! , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.