ドラマ

ペ・ドゥナが魅せる「私の少女」レビュー② (2014)

2019-08-20

人生にハッピーエンドなんかない。あるのは果てのない旅路だけだということ

レビュー①はこちら


映画を観ながら書き残したメモを振り返っていたら、とくに印象に残ったことがあったので、ここに記しておきます。

※ネタバレ満載です。まだ観ていない方はみないでください


この映画は、ほんとうに心に残った作品だったので何度も見返したく、メモの量も多くとってました。

地域社会が抱える問題

最初、ヨンナムペ・ドゥナ)が派出所長としてこの町にやってくる際、ぱーっと目の前のスクリーンに広がったのが、山の向こうに見える海の風景。そこにひっそりと現れる小さな漁村。波にきらめく陽光がきらきらと美しかった。

わぁ、日本の田舎とよく似た風景だ。

わたしはとてもうれしくなり、韓国の一漁村の遠景にほのぼのとした親近感を覚えた。こんなきれいな田舎町に住みたいなとか思ったりして。

日頃のテレビの報道ではソウル等の都会しか映らないため、わたしみたいに韓国にほとんど行くことができなかった人間にとっては、こんな地域ののどかな風景がとても貴重でめずらしいのである。子供のように何度も目をこらして、映像を楽しんだ。

物語が進むにつれてわかってきたのは、のどかに見えたその漁村が、今日本が抱えている少子化がもたらす同じ社会問題を抱え苦しんでいるということだった。

ただでさえ少ない若い人たちは都会に出てしまい、働き手が少なく、残されたのは高齢者ばかり。村をつくっていく若い人材が決定的に不足していた。

これほど働き手がいなくなった漁村に残されていたのは、中国との国境に住む朝鮮族や東南アジアからの不法労働者を闇で使うということ。

驚きなのは、この違法行為を村社会全体が知っているにも関わらず、見てみぬふりをしている。日本にもきっとそんな公然違法操業中なる地域があるのでしょうね。

村が廃れていくよりは、違法行為をしてでも村の発展に貢献する小企業を支えていこうという村全体の暗黙の了解の中で、村で一番の若者、パク・ヨンハ(娘ドヒに暴力をふるう義父。ソン・セビョク)が経営する魚加工会社がほどぼそと息をつないでいた。

物語は、この少子高齢化という日本が同じように抱えている深刻な社会問題を背景に成り立っていることを忘れてはならない。

イ・ヨンナムとパク・ヨンハ 。対照的に見えた二人。実は共通点があった。

対立するヨンナム(ペ・ドゥナ)とヨンハ(ソン・セビョク)


娘ドヒ(キム・セロン)を酒をのんでは殴りつけるという憎まれ義父を見事に演じ切ったソン・セビョクの演技力は圧巻で、二度とこの人の顔は忘れない!と思わせてくれる名演技でした。

一方で、ドヒを義父の暴力から守ろうと立ち上がるヨンナム(ペ・ドゥナ)は観客からすると正義の味方であり、思わず、がんばれヨンナム! とひざを乗り出して応援したくなるのですが、二人には悲しい共通点があることに気づく。

それは、どちらも酒におぼれる「弱い人間」であるということ。


パク・ヨンハ(義父)にかんして言えば、ドヒを殴りつけている時、
ドヒ「殴りなさいよ!殴りなさいよ!女しか殴れないくせに!」

と叫ぶシーンがあるが、ここから逃げた妻にたいしても暴力をふるっていたということがうかがえる。逃げられた後でますます酒量が増し、荒れた現在の姿になったのだろうか。

しかし、彼の酒癖については村の人は見てみぬふりをし、さほど大きく問題視されない。これは少子高齢化のせいで、パク・ヨンハが村一の若い働き手であったこと、雇用を生み出す雇い主として村に貢献していたことがあげられる。


一方、ヨンナムであるが、この漁村に左遷されたのは付き合っていた対象が女性であったからということで、社会からも異端視されているLGBTの生きにくさがここにある。

自分のセクシュアリティを社会から否定され、将来に希望がもてないヨンナムは、ウンジョン(前恋人)からの電話にも出ず、自分の心を酒にまかし孤独を募らせていく。ヨンナムの場合、酒癖よりも、LGBTであるだけで社会から孤立してしまう点が見ていてつらかった。

この映画が人々の共感を呼んだのは、善と悪を対比させたからではなく、ヨンナムヨンハがともに「弱い人間」であるということを前提として描かれたからだろう。わたしはヨンナムがとても弱いからこそ、つよく惹かれた。


ある日、ひどく殴られたドヒをかくまいながらヨンナムは言う。

ヨンナム「なぐられてたらダメ」
ドヒ  「酒をのまなかったら殴らないの」

義父をかばうドヒ。

小さな子供がまるで人の弱さをわかっているような言葉だ。
この言葉をヨンナムはどう聞いただろう。
自分が酒におぼれている時、自分はつまり逃げてばかりいるのではないか。

ヨンナムのハッとした顔にわたしたちは自分を重ねる。

頭では良くないこととわかっていても酒をやめることができないヨンナムドヒを助けては挫折し、また酒に逃げるということを積み重ねながら、それでもはてしない自己再生の道を歩きはじめる。弱きヨンナムが絶望の中、うちひしがれながらも歩いていこうとする姿は観る者の心を打つ。

ヨンナムがドヒを助けているのではなく、ドヒの存在がヨンナムを強くしていく。そして、二人はぶつかりながらも寄り添うように成長していくのがわかる。

チョン・ジュリ監督はこのすばらしい脚本を自ら書きあげたが、弱い人間を慈愛をこめて見つめるその脚本力に観客は心を奪われる。

そう。人はだれしも弱い。しかし、どんな時も再生の道は閉ざされてはいない。
この映画にはそう信じさせるものがある。

エンディングロールの詩
「夢うつつか風か」チョン・ギュリ監督作詞

わたしの心を最後わしづかみにしたのは、このエンディングロールの詩であった。覚えている方も多いのではだろうか。何度聴いても心がふるえる。

チョン・ジュリ監督の作詞だという。ここにもう一度記しておきたい。
「夢うつつか風か」 꿈결인가 바람엔가  歌:ハン・ヒジョン

夢かしら
あなたの声が聞こえる
夢かしら
風邪が水気を含んだと思ったら、
やがて沈んでゆく
冷たい風に吹かれて襟を正すように
波に 月明かりに
涙を絞り出すように
どうしようもなく惹きつけられて

私は、待っていたのかもしれない
あなたを

言葉をなくした
あなたの言葉が聞こえる
悲鳴のような叫び声が
すべてを黙らせる
散らばった声
風の動きで
私に巻きつく

海のように冷たい手が
私に触れる
水気を含みかけ やがて沈んでゆく
当てが外れることを願いながら

私は待っていたのかもしれない
あなたを

海に沈んだ
あなたの声が聞こえる
波に埋もれた泣き声は
私に押し寄せ
山崩れるほどに
私の胸を揺さぶる

私の吐息を
赤い唇の息づかいは、
私を熱く満たす

暗闇の隙間から
熱いものが流れ
私をとかす

ずっとここに立ち
私は待ち焦がれていたのかもしれない
待ち焦がれていたのかもしれない
待ち焦がれていたのかもしれない

あなたを

エンディングロールに流れてくるこの詩を読みながら、
わたしはすべての時がばたりと止まったのを覚えている。

なんて静謐な詩なんだろう。
なんて引き込まれるんだろう。
衝撃にも似た永遠を感じた。

次の瞬間、『二十歳の原点』 (1979年) (新潮文庫)の作者、高野悦子が心に浮かんだ。
彼女が自殺する直前に書いた詩とその静謐さがまるで同じものだった。
冬の雪山がもつような、人間を寄せつけない孤高だ。

(わたしと同じ感想をもった方はぜひメールをください。
 感性がまったく同じ人と感想を交わしてみたいです・・・)

高野悦子さんの最期の詩はこちら

エンディングのすばらしさ。ハッピーエンドよりも説得力がある表現がここにある。

クライマックス。ヨンナムがドヒに、
「わたしと・・・来る?」と聞く場面、
泣きながら、うんとうなずくドヒのシーンで涙腺が崩壊した観客は多いと思う。

わたしも類にもれない。
瞬間、胸がしめつけられるほど号泣し、ああよかったと胸をなでおろした。
そう。これはハッピーエンドなのだ。

だが、この映画のすごいところは、映画の最後のシーンが、雨で終わっているところだ。
雨の中、ヨンナムがドヒを車に乗せて遠くなっていく。ワイパーが交差する音。
それは晴れた空ではなく、曇り空でもなく、あえて薄暗く悲しげな雨のシーンが選ばれていた。

わたしはこの映画がここまで自分の心に残る名作になった理由は、この最後のシーンにあると思っている。

今後、ヨンナムとドヒにあるのはハッピーエンドではなく、まったく正反対の茨の道が立ちはだかる可能性が大きい。ヨンナムは酒や鬱から完全に立ち直ったわけでなく、ドヒも心にPTSDを重く抱え、人を信じることができない情緒不安定な精神を抱えたままである。

ガラスの心を抱える二人の前には、明るい未来がさんさんと待っているはずなどない。それは二人が今後も長く努力して乗り越えていかなければ得られないものだ。何度もつらい現実がまちかまえているだろう。

まさに、二人を包むがそれを暗示していた。

チョン・ジュリ監督、すごいや。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

-ドラマ
-, , ,

Copyright© 韓国映画に悶える女のブログ! , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.