ドラマ 青春

EXOスホ出演「グローリー・デイ」(2015)

2019-09-16

子供が正義を貫こうとしても大人はほめない。大人の世界は金で動くから。

作品情報

●評価 2.5★★☆
●制作 2015年
●上映時間 93分
●原題 글로리데이(グローリーデイ)
●監督 チェ・ジョンヨル
●脚本 チェ・ジョンヨル
●出演
チス、キム・ジュンミョン(EXOスホ)、リュ・ジュニョル、キム・ヒチャン、キム・ドンワン他

あらすじ

4人は小さい頃からの友達。それぞれの家庭に格差がある。

ヨンビ(ジス)は浪人生であるが、母親が父親を殺したことで服役中であり、複雑な家庭で育った。
ジゴン(リュ・ジュニョル)は、市議会議員の父親をもち、豊かな暮らしだが、常に世間体を気にする母親の監視下にあって息苦しい生活をしている浪人生。
ドゥマン(キム・ヒチャン)は、野球監督の父親のコネで大学に入ったことで常に劣等感をもち、野球を止めたがっていた。
サンウ(スホ)は、早くに両親を失い、生計は祖母が支えていて生活は苦しかった。明るく振る舞う祖母を楽にさせてあげようと、兵役を終わらせたら将来公務員になろうと夢みていた。

ある日、二十歳になったばかりの3人は入隊を決めたサンウのために、ささやかだが送別会を開いてあげようと浦項(ポハン)に行くが、その海辺で男女のケンカを止めようとしたために冤罪に巻き込まれていく。



※この先は、ネタバレが含まれます。未だ御覧になってない方は読まないことをお勧めします。


EXOスホ主演かと思ったら、思い切りずっこけた映画

この映画・・・つらかったですね。
希望も再生もなにも見えなくて、まっくらなトンネルの中に入りっぱなしで終わった暗~い映画でした。

この映画を見る前は、映画初出演のEXOスホが主役だとばかり思ってましたが、ジスが主役だったんですね(どちらかといえば)。

しかもスホは映画開始後4分で交通事故にあい、その後は病院で意識不明。あとは過去の映像にて登場してくるのみ。最後の葬式での遺影には唖然とした。結局意識が戻らず亡くなり、しかも冤罪という濡れ衣をかぶされたまま。

スホさんはインタビューで、

「台本を読んだ時、ストーリーに完全にのめり込むことができ、どんな役であれ、ぜったいに出演したいと思った」

と言われたそうだが、あまりにスホが演じたサンウはが気の毒でならなかった。
理不尽が尽きる役柄だったと思う。

誠実でおばあちゃん想い。大学に進学することを諦め、兵役を終わらせて公務員になっておばあちゃんを楽させてあげたいという好青年だ。その青年が最後は仲間に冤罪を着せられたまま亡くなっていくという、なんとも後味のわる~い、どうしようもない結末。


大人にいいように言い含められたジゴンドゥマンも悲しいが、結局は正義感が人一倍強く、最後まで正直さを貫いていたヨンビサンウが主犯とされたことで罪が軽くなり釈放されていた。彼もサンウを裏切ったのか・・・真相はわからない。

取り返しのつかない One Way Trip。冷静にならなかったツケが回ってくる。

まぁスホがそんな扱いならば、せめて映画の出来はというと・・・、
なかなかいい評価がつけられなかった。
記憶に残らない作品になりました。

原題は、One Way Trip だったそうですが、このタイトル付けの意味がいまだによくわからない。少年から大人になろうとする時期は心身ともに複雑で、周りからさまざまな誘惑があり、大きく踏み間違うと取り返しのつかない過った道を歩くことになる。
その意味で監督は、この青年期の「取り返しのつかない」意味での one way trip を描きたかったのだろうか。

たしかに「青年期が抱える危うさ」が起こす「取り返しのつかない」ターニングポイントはある。たとえて言うなら、ヨンビがすぐに理性を失って直情的に行動しがちな点は血の気の多い若者によくある特徴だ。これは反省を呼ぶ。

交番で暴れて冷蔵庫を倒すヨンビ

今晩で取り調べ中、ヨンビが自分はサンウに会いに病院に行くんだからと警察官の腕をはらって飛び出そうとする場面、大きな冷蔵庫をなぎたおしてしまう。また、港で男女がもめていて止めようとしてケンカに巻き込まれる場面。
どちらもヨンビにはヨンビなりの正義からくる理由があったにせよ、もっといい対処法があったはずだ。

つまり、前者は、ヨンビはもっと素直に警察官に正直に事のなりゆきを話していれば病院にももっと早く行かせてもらえてたかもしれないし、後者は、男女のケンカに介入せず、すぐに警察に通報する。もしくは女性の身をかくまって車で逃げていったん距離をとるという方法があったはずだ。


ほんの少し考えれば、自分や周りの友達に迷惑がかからない、もう少しいい方法があったはずなのに、理性を失って突っ走ってしまったが故に、どんでもない事態を招いていく。これはヨンビだけではなく、ジゴン、ドゥマンそれぞれに教訓として残るものでもある。

たしかにその時それは正義だった。
しかし、その瞬間だけの正義感は、ジゴンドゥマンを事件に巻き込み、果ては友人サンウの命までも奪ってしまった。


たしかに「ウソをついて自分だけ身軽になれ」だの、「ウソも人生には大切なんだ」などと自分の子供たちを言い含める親のやり方はもっと薄汚く、悪質にみえる。また、金持ちが金にあかして警察官を買収する行為も嫌悪感がわく。

だが、いわれなき冤罪に子供が巻き込まれた時、親が子供のために金を使ったり、アドバイスしたくなるのは心情的に分からないことではない(韓国では度が過ぎているが、日本でも上流階級は特別扱いされるとか、拘留されなかったり、取り調べの段階でもみ消されるとかは無いことでは無い)。


一番問題なのは、いくら若者が正義をもって行動したことでも、物を破壊したり、人を傷つけたり死なせたりした場合は、そこに反省する点があり、もしも反省がされなければ、大人になっても繰り返すということだ。そこを汚い大人だけのせいにしてはいけない。

若者よ、反省する点は君たちにもあるんだよ。

わたしならこう脚本する

この映画なにが足らないのか?
なぜこんな消化不良なのか。
そんな傲慢不遜なことを考えた。

まず、映画を見に来ている人は(それぞれの趣向があるが)、映画を見た後の「満足感」「興奮観」、もしくは「癒され感」「重厚感」みたいなものがあってはじめて「ああすごかったね、よかったね」となるのであるが、この映画はどの感覚も欠けていて、「え?これだけなの?」で終わっている。

観客は置いてけぼりをくらって、消化不良でぶんむくれる。

無理にハッピーエンディングを作れとは言わないが、なにか希望再生のみえる終わりにすることが考えられなかったのだろうか。

例えば、わたしが監督なら、

①正義感に燃えて暴走する若者にたいして思慮分別のある大人を登場させる。
彼らのために奔走してくれる大人を見て、自分たちにはなにが欠けていたのかを反省し、再生していくシーンをつくる

②40年の経年後、若かった頃の自分たちの One Way Trip を回想するストーリーにする。年をとった後でしかわからない人生観によって深みがでる。
できれば、サンウに妹がいて、その妹とヨンビが結婚して幸せな家庭をつくっているとか、これ最高かもしれない。

こんな感じですかね。
②のアイデアだと、邦題タイトルの グローリー・デイ がまさにどんぴしゃりとくるんですけどね。

無責任に心に浮かぶまま書きましたが、この映画のままの終わり方だとまさに一方通行でさみしいので、わたしならこう作るなと思いました。
こういう作業も鑑賞後の楽しみの一つです。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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