オカルト ホラー

女は女に惚れるのよ!「少女たちの遺言」(1999) 女高怪談シリーズ②

2019-12-12

韓国ホラーの先駆け。多感な女子高生は常にトップギアで、ノンストップ!

作品情報

  • 評価 2.5★★☆
  • 原題 여고괴담 두번째 이야기(女高怪談 2番目の話)
  • 制作 1999年
  • 上映時間 97分
  • 監督 キム・テヨン・ミン・ギュドン
  • 脚本 キム・テヨン・ミン・ギュドン
  • 音楽 チョ・ソンウ(「八月のクリスマス」)
  • 出演
    ソ・ミナ、女子高生(キム・ミンソン)
    ミン・ヒョシン、女子高生、いじめられっ子(パク・イェジン)
    リュ・シウン、女子高生、陸上部員(イ・ヨンジン)
    ジウォン、女子高生(コン・ヒョジン)
    ヨナン、クラスで2番目の美人(キム・ミニ)
    コ・ヒョンソク、国語教師(ペク・チョンハク)
    ミナの担任(イ・ヒョンスン)
    生物教師(メン・ボンハク)
    クラスの生徒(ファン・ボラ)
    クラスの生徒(オパク・ソジョン)
    保健室の先生(オ・ミネ)


女高怪談シリーズ
第一弾 囁く廊下(1998)
第二弾 少女たちの遺言(1999)日本発売DVDあり
第三弾 狐怪談(2003) 日本発売DVDあり
第四弾 ヴォイス(2005)日本発売DVDあり    
第五弾 心中(2009)

韓国版

あらすじ(ネタバレなし)

ソ・ミナ(キム・ミンソン)は学校の手洗い場でシウン(イ・ヨンジン)ヒョシン(パク・イェジン)の交換日記を拾う。いけないとは思いつつ中身を読むミナ。日記には二人のたくさんの思い出が書かれていた。

シウンはカリスマ的陸上部員であり、大会出場を目指してトレーニングに励んでいる。一方、ヒョシンは孤高で大人びた側面をもつ。美しい生徒だが、時折刺激的な発言をしてクラスの中では浮いている。ヒョシンはシウンに自分が抱える同じ孤独を感じ取り、交換日記を提案する。いつしか二人は友達以上の関係になっていく。

大人びたヒョシンは国語教師のコ先生(ペク・チョンハク)とも肉体関係をもつ。コが同じ孤独を感じさせる同類であったからだ。ヒョシンはこれをシウンに告白し、一番愛しているのはシウンだと許しを乞う。コ先生に別れを告げるヒョシン。

しかし、ヒョシンの自分への過熱する偏愛を疎ましく感じたシウンは、ヒョシンを避けるようになる。愛する人を失ったヒョシンは「今日は生まれ変わる日」と言って、学校の屋上から飛び降り自殺をする。

交換日記を読み、シウンとヒョシンの愛と葛藤を知り、二人を温かく見守ろうとしていたミナは、ヒョシンの自殺に驚愕する。ミナは、ヒョシンが屋上に行く際にシウンが一緒だったところを目撃していたからだ。果たしてヒョシンは自殺なのか他殺なのか。

ヒョシンが自殺した後、学校には様々な怪奇現象が起きはじめ、生徒たちを恐怖のどん底に陥れる。


キム・テヨンとミン・ギュドン両監督が贈る女高怪談シリーズ第2弾。多感という名の残酷な青春列車に乗った女子高生たちは、生と死の狭間を頼りなく歩いている。少女たちの孤独と喪失感をあますことなく描いた作品。



※ここから先はネタバレが含まれます。未だ御覧になってない方は読まないことをお勧めします。


スターの登竜門ともいえる女子高怪談シリーズ。コン・ヒョジン、パク・イェジンら錚々(そうそう)たるメンバーがここから旅立った。

なぜこの映画を20年経って再度観なおしたかというと、現在韓国のテレビ映画で大活躍しているコン・ヒョジンやパク・イェジン、キム・ミンソン、イ・ヨンジン、ファン・ボラといった錚々たるメンバーが出ているからである。

彼らが若い頃、どんな演技をしていたのかもう一度見直してみたかった。

みなさんそれぞれ若くて、はじけてる!

ジウォン(コン・ヒョジン 当時19才)

コン・ヒョジンはすでにこの頃から重要な役をもらってることに深く感動。20年前はこの女子生徒がこんな人気スターになるとは想像できなかっただろう。身体測定の時、「絶壁」と呼ばれて泣き崩れているジウォン役をコン・ヒョジンはお茶目に演じていた。ちなみに、大阪の道頓堀にこういう顔のおばちゃんはたくさん棲息している。みなヒョウ柄服を着て。

彼女のセリフの中で結構気に入っているのが、彼女が教室で動画を撮っている時に、ミナが「あたし可愛いでしょ?」と絡んで来た時、

「バッカみたい。首絞めて殺すよ」

とさらりと言い放ったセリフだ。
大爆笑した。まちがいなくこの子、コン・ヒョジンだと思った。

ヒョシン(パク・イェジン 当時18才)

孤高で大人びた女子高生を演じていたパク・イェジンは、全盛期の米倉涼子ばりの美しさだ18才でこれだけ美しいってどーゆーこと? 現在、なんと俳優パク・ヒスンさんとご結婚されて、芸能活動も継続中。絵に描いたような美人の出世街道まっしぐらである。すごいですね。

わたしは彼女がインタビューの中でヒョシンを、

「(サイコだが)魅力的な女性」と捉えていたことにとても好感を覚えた。
ヒョシンはたしかにエキセントリックで、多感な時期の女子高生がもつ危うさに包まれているが、価値観や考え方において、明らかに普通の生徒とはちがった型にはまらない個性があった(後述するが、それは彼女が国語の時間、先生に当てられて即興した自作の詩に垣間見える)。

ヒョシンは校舎の屋上から飛び降り自殺をするという悲劇的な最後を迎えるが、わたしたち凡人には、ヒョシンのように右や左に感情が激しく振れる人間を疎ましく思いがちだ。だが、「ヒョシンという生徒を理解しようとすると、とても愛しい気持ちになる」と答えるパク・イェジンからは何か教えられたような気がする。こういう違ったみずみずしい感性の持ち方は大切だ。

才気走るヒョシンの即興詩。生(せい)のギリギリの淵を生きようとする危うさに立つ。

ヒョシンが授業中、先生に当てられ即興した詩に、才気走った輝きを感じて心が躍った。とにかくすばらしいのだ。

彼女は、早口にこう読んだ。

だれもいない
だれもいる
でもいない
やっぱりいる

いないような気がするけど、
確かにいる
真実はある
あるという嘘もある

だれも知らない
だれもいない
だれもいる
なのに知らない

正解はある
あるという真実
真実は嘘 嘘は真実

だれもが私になれる
私はだれにでもなれる
真実が嘘であるように

この詩を聞くだけでも、この映画の価値はあるような気がしてわたしはとてもうれしかった。そこはかとなく漂う「ああそうかもしれない」という直観。正しいか否かを超えて存在するこの直観こそは、限りなく大切で貴重だ。

良いかか悪いかではなく、
正しいか間違っているかではなく、
何かになれるかもしれないという可能性だ。

世の中は可能性に満ちている。
あとは、自分のGOサイン待ちだ。


すばらしい詩である。
この詩のように、不確かな世を可能性に挑戦して生きる方向を選ばなかったヒョシンを残念に思う。

気になる暴力描写--あの時代の韓国の学校の先生は簡単に生徒を殴るのか。コン・ヒョジンの小気味いい返しに拍手喝采!

少し気になったシーンがある。
それは、教室でシウンとヒョシンが立たされ、先生から説教を受けているのだが、ヒョシンに微笑んだシウンを先生が体が吹っ飛ぶほど平手打ちするのだ。唇から血を流して床にうずくまるシウンの姿が痛々しかった。

先生が生徒に暴力を振るうシーンは、他にも登場する。

ジウォン(コン・ヒョジン)が憧れているコ先生に、「ヒョシンの妊娠の噂は本当ですか? 先生が相手というのは本当なんですか? 嘘なら否定してください」と詰め寄るシーンも、結局はコ先生もジウォンを平手打ちしてだまらせている。その平手打ちが手加減がなく、ほんとうに痛々しいのだ。まさにクソ教師どもだ。


考えてみると、女子高生は学校という狭い空間の中で、いじめから自分を守り、親の期待に応えようと勉強し、格好いい男性教諭との危ない恋愛に落ちまいと必死に自分の欲にフタをして毎日を送っている。

身体の発育に比して心の成長が追いつかない彼女たちの生活は、アドレナリン大放出という大緊張の連続だ。にも拘わらず、教室という公衆の面前で体が吹っ飛ぶほど先生に殴りつけられるという行為は一体何と表現すべきだろう? これを苦にせずまた明日から何もなかったかのように学校に通えと言う考え方には同調できない。

殴られたシウンとヒョシンは教室で大胆なキスをし、ジウォンはトイレにこもって泣く。前者は権力者の暴力への反抗キスであり、ジウォンはトイレで滋養し、さらにパワーアップしていく

ジウォン(コン・ヒョジン)
身振りで「あんたあたしよりチビね」と暴言センコーを揶揄する。

その後、ジウォンは男性教諭に「俺に逆らおうってのか。おい、絶壁!(ペチャパイ)」と大声で怒鳴られるのだが、「なんだチビ」と軽くいなし返す。ジウォンを唖然と見上げる男性教諭。

コン・ヒョジンのこのシーンはまったく痛快だった!
この映画、学校の権威主義に過ぎる部分を揶揄する要素を含んだ作品でもあると見た。痛快痛快!

この映画が表現しているものは、女子高生という未成年のもつ美しさと危うい存在性

監督はきっといろいろなものを伝えたかったのだろうと思う。

女子高にある身体測定や休憩時間の雑談、女子生徒同士が好きになる疑似恋愛を散りばめることで、女子高生が棲息する世界観の美しさと偏狭さを表現し、同時に、ロウソクの火のようにこの世からふっと消えてしまう危うさだ。

そのすべてはパク・イェジン演じるヒョシンの中にそろっていた。

シウンを愛しているのに、同じ虚無感に包まれた孤高をもつコ先生と体の関係をもち、「仕方なかったのよ、あの人が可哀想で」とつぶやく。シウンはそんなヒョシンを信じられないという目で見るが、たしかに常人の考え方ではヒョシンの心は理解できない。

しかし、一方でシウンも心に孤高を抱えて閉じこもる性格であるがゆえに、なおさらヒョシンのことを包んであげることができなかった。それは、彼女の、ぜったいに縮めることのない対人距離に表れている。

ヒョシンが泣くようにつぶやく。
「シウンがそばにいないと不安なの。姿が見えないと心配なの」

シウン「心配なのはあなたの方よ」
ヒョシン「でも不安にはならないでしょ?」
シウン「ううん。なぜなら信じてるから」
ヒョシン「ウソつき」
シウン「なぜ分かった?」

心配なのはあなたの方よ、と嘘吹くシウンを、ヒョシンは見抜いていた。

コ先生やシウンといった孤高な人間との親和性に居心地をよくするヒョシンは、いずれ死という道を選ぶしかなかったのか。あまりの才気走った人と成りに同年代の生徒からの理解や同情は遠かった。

まっすぐ死を選んだヒョシン、混乱に陥る学校と生徒、彼女をいじめた女子生徒たちの罪悪感と恐怖がヒステリックに絡み合い、最後、騒然とした喧騒を奏でていく校内の動乱シーンは見ものである。音楽は「八月のクリスマス」を担当したチョ・ソンウ。静と動、光と暗の効果的な音楽に拍手したい。

やっぱり初期韓国ホラーって、ええのお~。粒ぞろいじゃ。

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「少女たちの遺言」(1999) 女高怪談シリーズ②
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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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