家族

名優ソル・ギョングが今度は独裁者になった!「22年目の記憶」(2014)

2019-09-27

夢をあきらめられない男は、身も心も金日成になることを選んだ

作品情報

●評価 4.5★★★★☆
●2014年製作(日本公開は2019年)
●上映時間 127分
●原題 나의 독재자(わたしの独裁者)
●監督 イ・ヘジュン
●脚本 イ・ヘジュン、ペク・チョルヒョン
●出演
ソル・ギョング、パク・ヘイル、ユン・ジェムン、イ・ビョンジュン、リュ・ヘヨン、ペ・ソンウ

あらすじ

キム・ソングン(ソル・ギョング)は何よりも役者になりたかった。女房が病気で苦しんでいても、セリフもまともにもらえない劇団にしがみつき、いつか主役を演じさせてもらえると夢見ていた。

ある日、ソングンは公演で役をもらえたものの、愛する息子テシクが見ている前でセリフを忘れるという失態をやらかしてしまう。落ち込むソングン。だが、一人の観客からオーディションを受けてみないかと誘われる。生活はまったなしだ。なんとかして役がほしいソングンはオーディションを受けることに決める。会場へ行くといきなり拷問に合わされ、肉体的にも精神的にも追いつめられる。

何日が経った後、隔離された薄暗い部屋でオーディションに合格したことを告げられる。ソングンが勝ち取った役柄とは、1972年の南北共同声明で明らかにされた南北会談を成功させるために金日成の代役を演じるということだった。

その日から、金日成になりきるためのすさまじい特訓が始まる。
金日成の考え方、しぐさ、歩き方、笑い方、タバコの吸い方、すべてに及んで細かく頭と体に叩き込まれていくソングン。劇団では脇役さえもらえなかったのに、ここでは主役をもらえている。しかも大きな国家プロジェクトを支えているといううれしさは、人生で味わったことのないものだった。これで息子にもひもじい思いをさせないですむ。

しかし、国家プロジェクトは延期になり、金日成の代役を作り出すチームは解散することになった。大きく失望するソングン。彼の頭と体に残されたのは金日成の代役ではなく、金日成そのものだった。

22年後、息子テシクは、借金返済のために実家を売ろうとするが、父親ソングンから印鑑を手に入れなくてはならない。いまだに金日成の妄想の世界に浸りつづける父親とどう向き合えばいいのか。テシク(パク・ヘイル)も長年父親との関係で悩んでいた。親子の対話がやっとはじまろうとしていた。



※この先はネタバレが含まれます。未だ視聴されていない方は、読まないことをお勧めします!


金日成にもなれるソル・ギョングの圧倒的演技力!

今回は邦題の負けでした。「22年目の記憶」よりも、断然原題の「나의 독재자」(わたしの独裁者)のほうがインパクトが強くてよかったのに。

邦題だとサスペンスっぽいイメージを与えてしまうが、これは父と子の家族の物語なので、「わたしの独裁者」と題目したほうがストレートに伝わりやすかったかなと。いつも原題が冴えないのに、今回は勝利しました。

映画は、すばらしかったの一言!
いや、すばらしいを超えている!
エンディングロール回っているのを見ながら、しずかな感動が止まない・・・

首回りがぶよぶよ。ソル様、体重ふやして金日成に変身。

この映画の見どころを絞ると、2つ。

①ソル・ギョングの圧倒的な演技力
②脚本のうまさ

毎回ソル・ギョング、ソル・ギョング!で申し訳ないのだが、群を抜いてソル・ギョングが上手いのだから仕方がない。レビューを書く時は、やはりいつも「彼」からなのだ。こんなすごい役者と同時代に生きててしあわせ!

ソル・ギョングは韓国の宝である。
いや、世界の演劇界の宝だと感じる。

今回も驚いたのが、この金日成になりきった顔・声・体・動作である。
わたしは今回も映画を見ていて、「この人だれだっけ?」とソル・ギョングを忘れてしまう瞬間が何度もあった。それほど彼自身は役柄の背後に隠れてしまう。

ソル・ギョングはプロフィールのところに体重を書かせない。というのも役柄次第で体重を増やしたり減らしたりするからだ。今回は一回り体重を増やし、金日成になりきっている。首回りのぶよぶよ感は、特殊メイクではなく彼が体重を増やしたことによるものでしょう(と私は見ました)。

ソル・ギョングの飽くなき役作りと圧倒的演技力なくして、この映画は成立しなかった。ほんとうにすばらしかった!

ソングンはなぜ金日成という妄想の世界に閉じこもったのか?

脚本がとてもしっかりしていたように思う。
一人の人間の長い人生を描いているわりには、過去回想を頻繁に入れず、ほとんど息子テシクの現在の目線で見たり考えたりさせる。観客は安心して見ていられた。

大きく分けると、
前半は、父ソングンの息子愛。
後半は、息子テシクの父との和解(というより、父を理解する)。

がテーマのように見えたが、私は、この映画が描きたかったものは本当は何だったのだろうと振り返る。親子愛を描きたかったのはわかるが、どんな親子愛を描きたかったのだろうか。

これを知るために、まずソングンなぜ金日成の妄想から離れられなかったのかについて考えたい。どうしてもそこが気になった。


まず思ったのは、たしかにソングンは息子にたいする愛情は強かったと思う。しかし、一方で「役者」として大成したいという思いも負けず劣らずつよかったのではないだろうか
つまり、この映画を見ていると、ソングンは役者としてなんとしても成功したかった。それが今までの人生をリセットする唯一の方法だと思っていたように感じられる。

そう考えないと、チームが解散した後、ソングンが舟を盗んで北へ渡ろうとした意味が理解できないからである。

彼は北朝鮮へ渡ればそこにはパラダイスがあると思ったのか。自分が金日成としてもてなされると本当に思ったのか。しかし、ソングンが息子のことを愛していれば、なおさら役者業はひとまず置いて、月給があるまともな職につき、息子の進学のためにお金を稼いだはずだ。北へ渡るなんて考えること自体、理屈に合わない。

そこでふと思った。
やはり、彼は忘れられなかったのではないか。

金日成を演ずるという人生初の大役を与えられ、給料を与えられ、国家プロジェクトという大きな仕事を担っているというキラキラした瞬間が忘れられなかったのではないか。それほどソングンにとって「役者として生活する」ということが何よりも優先されることだったのだろう。

それは、妻が病気であるにもかかわらず、まともな仕事にもつかず演劇にのめり込み、ろくな治療も受けさせてやれず死なせてしまったという過去や、息子を捨てて北朝鮮に渡ろうとした点を振り返っても分かる。

ソングンは家族愛を超えて役者愛に飢えていたこと。
彼にとっては自分の夢こそがすべてにおいて勝ってた。

チームが解散したあの日、私はソングンは死んだと思っている。

あれほどキラキラして人生のすべてをつぎ込んで金日成という主人公を猛練習した男が、初日を迎えることなく公演を中止されたのであるから、その落胆ははかりしれない。

チームが解散された日、ソングンは壁に頭を何度もぶつけてつぶやく。

壁に頭を打ちつけながら、うめくようにソングンはつぶやく。

「俺の何がいけないんだ?」
「俺はふぬけだから、いつも役を奪われる」


この言葉こそはソングンという人間を表しているすべてだと思った。
「役者」こそは彼の人生だった。
彼はやっとつかんだこの役を守り抜きたかった。

彼がその後の人生を廃人のように生きたのは、この時に人生に大きく絶望したからであり、金日成という妄想の世界に逃げ込み、現実と対峙することを避けたほうが心地よかったからである。家族からも逃げた。
チームからの洗脳から抜けきれず、それが彼を精神的に追い込んだという捉え方もあるが、私はそうは捉えなかった。

彼は自主的に妄想の世界へ逃げたのであろう。

つまり、この映画が描いたのは、
役者という夢を追いかけ、夢に破れ、気が付いたら家族を捨てて妄想の世界に逃げ込んでいた哀しい男の物語である。そして、裏切られ捨てられた息子が、この余命少ない親父とどう向き合うか。その哀しさをどう理解してあげられるのかを描いた物語である。

長年、親父に捨てられたという気持ちをぬぐえない。
親父とどう向き合えばいいのかわからないでいるテシク(パク・ヘイル)

圧巻の最後。親父が生涯かけてこだわってきた「役者である」こと。

最後のシーンは感動が感動を呼ぶほど圧巻で、涙が滝のように落ちた。

1.首領ごっこが家庭を崩壊させた。息子は家を出た。

その前に、テシクの歴史を振り返っておきたい。

テシクパク・ヘイル)は、親父のことをずっと恨んで生きてきた。
高校の入学試験の日に、親父が北へ渡ろうとして拿捕された時以来、ずっと親父に「捨てられた」という感情をぬぐえないでいた。だから、自分もその日以降、親父を捨てて一人で生きてきた。

家を出て、チェーンビジネスやヤクザな商売に手を出しては失敗し、借金に追われている。借金を返すためには、あの実家を売ればいい! 彼にとっては思い出すのも嫌なあの家は不要も同然だった。親父は老人ホームに入っていた。

しかし、家を売るために印鑑が必要だったことから、親父を老人ホームから呼び戻し、ご機嫌をとって印鑑の在りかを聞き出そうとする。テシクは親父がどっぷりと浸っている首領様ごっこに付き合うことを決心する。

テシクは、首領様ごっこが大嫌いだった。この首領様ごっこのせいで家庭は崩壊し、まともな会話が消えたからだ。父を変えてしまった首領様ごっこをまたやらなければならないのか。

嫌々ながらも父親と同居を開始するテシク
憎んでいた親父と毎日を送る内に、首領様のやらかす数々のハプニングに振り回されながらも、親父と距離を縮めていく。

箸の持ち方を注意する首領様。言い返す息子。

ある日、親父に箸の持ち方を注意された時、テシクは言い返す。

「偉大な首領様がそんな心配を?」
「首領も父親だ」

時折、記憶がよみがえるソングン
むなしい首領ごっこの合間にふと垣間見える親父の姿だった。

パク・ヘイルは、このテシクの戸惑う姿を絶妙に演じている。
100万回憎んできたのに心配してしまう息子の複雑な気持ちがよく伝わってくる。

ソル・ギョングの怪演に圧倒されて、ついついパク・ヘイルのことが後回しになってしまったが、彼も、2011年には青龍映画賞で男優主演賞(「神弓」)を受賞しているだけあって、演技力には定評がある。言わずもがなの、韓国を代表するベテラン俳優だ。すばらしかった。

2.親父がこだわってきたものとは、演じることだった。

最後のシーン。
いよいよ、南北首脳会談が現実のものとなり、22年経った1994年に大統領と疑似首脳会談のためにソングンが青瓦台に呼び出される日が来た。

息子を連れて疑似会談に臨む父親。
目の前には本物の韓国大統領がいる。

テシクは見た。
物怖じ一つせず、堂々と語り始める親父の姿を。
だれにも演じることのできない金日成の姿がそこにあった。

テシクは、食い入るようにモニターを見つめる。
親父が求めてきた金日成の姿はこれだったのか。
指の立て方振り方、笑い方からうなずき方。どれ一つとってもテレビで見た金日成の姿がそこにある。

テシクが親父をすごいと思ったのは、親父が、妄想の世界に逃げ込んで演じているのではなく、自分の置かれている立場を理解した上で、金日成を意識的に「演じている」ということだった。誇らしかった。

役者としての父のすごさを目の当たりにするテシク(パク・ヘイル)


結局、ソングンが在韓米軍を非難したことにより、大統領は怒って席を立ち上がってしまうのだが、この場面こそはソングンの演技の勝利だとわたしは誇らしく思った。みなさんはどう思うだろう?

会談はあらゆることを想定して準備されるべきだ。
非核化をしつこく提案した場合、したたかな金日成が在韓米軍のことを引き合いに出してこれを非難することは明らかで、これも想定内でリハーサルしておかなければならないことだ。

にもかかわらず、これを不快に思って席を立つということ自体が大統領として浅はかだと思う私に同調してくれる人はいるだろうか。


とにかく、ソングンがぐうの音も言わせないほど大統領を打ちのめしたということが本当に心地よかった。長年、彼が失望し、苦しんできたことが報われた瞬間である。すばらしい。涙が出た。

大統領が去ろうとするのを横目で見ながら、ソングンは続ける。
22年前、息子の前で失敗したリア王の影のセリフを。

あの日リア王の影を演じようとして失敗し、その後、金日成を演じようとして中断され、人生が止まった。リア王の影はつぶやくようにささやく。

「起きておるか
 いや、これは夢であろう
 教えてくれ、わたしは誰だ?」


夢に破れた長年の悲しみを乗り越え、やっとテシクの父親に戻ったソングン
独裁者は、優しい父の顔をしていた。

ソル・ギョングとこの映画に拍手喝采。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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