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チョン・ジヒョンとチャ・テヒョン主演「猟奇的な彼女」(2001) 愛するってとっても痛いのだ!

2019-12-14

あなたが世界で最高に幸せになれる映画はこの映画だと自信をもって言える!サド女とマゾ男で世界は丸く治まるのだ!

作品情報

  • 評価 最高★★★★★(最高ランク!)
  • 受賞 第39回大鐘賞 主演女優賞・人気賞(チョン・ジヒョン)
  •            脚色賞(クァク・ジェヨン)
  •            男子人気賞(チャ・テヒョン)
  •            女子人気賞(チョン・ジヒョン)
  •     第22回青龍賞 新人男優賞(チャ・テヒョン)
  •     他
  •  
  • 制作 2001年製作
  • 上映時間 122分
  • 原題 엽기적인 그녀(猟奇的な彼女)
  • 原作者 キム・ホシク(ID名:キョヌ74)
  • 監督・脚本 クァク・ジェヨン
  • 音楽監督 キム・ヒョンソク
  • 出演
    チャ・テヒョン --- キョヌ、大学生
    チョン・ジヒョン --- キョヌの猟奇的な彼女
    キム・インミン --- チョヌの父
    ソン・オクスク --- キョヌの母
    ハン・ジニ --- 彼女の父
    ヒョン・スッキリ --- 彼女の母
    ヤン・グムソク --- キョヌの叔母
    イム・ホ --- 彼女の見合い相手ソグォン
    キム・イル --- 旅館主人、当たり屋ボス、地下鉄駅長
    オ・ギファン --- 地下鉄でゲロ吐かれた男性
    ソ・ドンウォン --- 脱走兵
    ユ・スンチョル --- 木の下の老人、地下鉄乗客
    パク・チャニュ --- ゲイ女

    ・・
猟奇的な彼女(2001) 予告

あらすじ

この映画は、キム・ホシク氏が1999年8月からパソコン通信ナウヌリに投稿した連載小説を原作として製作された。凶暴で男を服従させるサド的彼女と、それにただ尽しまくる優しい男性キョヌのラブコメディである。


除隊して大学に戻ったキョヌ(チャ・テヒョン)は、気楽な学生に戻る。ある晩、友達と飲んだ帰り、駅のホームで酒に酔って線路に落ちそうになった女性(チョン・ジヒョン)を助けてあげる。女性はその後電車の中で老人に席を譲らない若い男性に説教をしたかと思うと、ゲロを吐いて倒れてしまった。

倒れる寸前、キョヌを「ダーリン」と呼んだことから、彼女を介抱するはめになったキョヌ。旅館に運び、自分はシャワーを浴びて帰ろうとすると、何かの事件に巻き込まれて一晩留置場に収監される。一方、昨夜の記憶がなく、キョヌに何かされたと勘ちがいした女性は翌日彼に電話をかける。

女性に呼び出されたキョヌは、昨夜のことを正直に説明するが、女性は酒を呑みながら「わたし実は昨日好きな人と別れて・・・」と言うなり、また寝てしまう。慌てるキョヌ。仕方なく昨夜と同じ旅館に運び介抱するはめに。二人の出会いはこうして始まった。

キョヌは、恋人を失くした彼女を少しでも励まそうと、彼女の無理難題な要求を聞いてあげる。遊園地、電車、スカッシュ、剣道、制服ディスコ。時に泣いて怒って殴られて、水責め、ハイヒール攻撃に遭いながらも、キョヌは彼女に尽くし、二人は大切な時間を共に過ごす。

しかし、別れの日がやってくる。元彼のことを忘れることができない彼女は、2年間一人でいたいとキョヌに告げる。山上にある木の下にタイムカプセルを埋め、2年後、もしも彼女が心の喪失を乗り越えられたらここで会おうと約束して二人は別れる。

キョヌは、凶暴な彼女との思い出を振り返る。殴られても殴られても彼女のことを深く愛していた自分に気がつく。そんな猟奇的な彼女との思い出をネット小説として投稿すると、思わぬ人気が出て社会現象にまでなる。2年後、約束の木の下に果たして彼女は現れるのか。彼女との再会を待つキョヌに、最後の最後、神様が微笑む。

※以下は、ディレクターズカット版DVDの感想です。
 ディレクターズカット版には、劇場ではカットされたシーンが全部含まれており、日本劇場公開版よりも14分も長くなっています。メイキングシーンもあり、お得です!



※ここから先はネタバレが含まれます。未だ御覧になってない方は絶対に読まないことをお勧めします。


日韓大衆文化解禁とともに日本公開された映画。韓国のエンターテイメント底力に仰天したあの頃。

この映画ほどわたしを幸せにしてくれた映画はないと断言できる。

私が韓国ドラマにはまったのは「冬のソナタ」から、映画にのめり込んだのは「猟奇的な彼女」を見てからだ。ちなみに長編ドラマでは世界広しと言えども、「宮廷女官チャングムの誓い」ほど面白いものはないと思っている。

この映画、何度見直しても胸が熱くなる。同じシーンで笑えて、泣けて、感動できるのだ。製作されてから、来年(2020年)で20周年を迎えるが、間違いなく、今後も色褪せることなく、愛されていく作品 No.1 だろう。

左)チャ・テヒョン 右)チョン・ジヒョン

この映画に関しては、星の数ほどレビューがあるので、わたしがそれ以上に書くことはない。備忘録として書きたいのは、約20年経った今でもこの映画に励まされるということ、チャ・テヒョンとチョン・ジヒョンが現在も変わらず映画やテレビの第一線で活躍しているという幸せだ。どれほど多くの人がこの映画に励まされ、愛し続けたかを知ることが出来る。

二人がこの映画にキャスティングされたのは天の配剤(はいざい)と言えるかもしれない。原作者のキム・ホシクさんの元には、ネットに投稿するや否や、映画化するならキョヌ役はチャ・テヒョン、彼女はチョン・ジヒョンがいいというメールが2000通以上も届いたという。結局その通りのキャスティングになったというわけだが、当時売れっ子の二人がよくまぁスケジュールが合ったと感心する。

まるで生まれるべくして生まれた運命のような作品だ。


振り返ると、1998年、金大中大統領が来日して国会衆議院本会議場で日本の大衆文化解禁を表明し、2002年の日韓共同開催FIFAワールドカップを盛り上げんと、様々なイベントが日韓で行われた。

日韓国交断絶秒読みとまで言われる今においては、考えられないような両国の蜜月期に、まさにこの作品は日本に紹介されたわけだ。韓国での製作は2002年だが、日本公開は翌年の1月25日であった。ちなみに同年、「冬のソナタ」もNHKのBSで放送された途端、韓流イケメン貴公子たちが日本中のおばさま女性のハートを射抜く。今の若い世代のお母さんあたりがこの第一次韓流ブームでペ・ヨンジュン、イ・ビョンホン、チャン・ドンゴン等のスターたちにおぼれまくったはずだ。お母さんに白状してもらいたまえ子供たちよ。

このように「猟奇的な彼女」は、日韓が最高に仲良く盛り上がった時代に日本に紹介され、多くの人が韓国の知られざるエンターテイメント力(人を楽しませる力。しあわせにする力)に仰天した作品だ。

それだけに、わたしの中では、この作品が日韓の友情関係が絵空事ではなく、血肉の通った温かいものとして感じられた初めての作品であったいえる。いつまでも忘れがたい作品である。

「自分と似た役柄に初めて出会った。だから自然に演じられた」---チョン・ジヒョン

美しさに胡坐をかかない。チョン・ジヒョンは顔芸も手を抜かない。

チャ・テヒョンの顔芸(かおげい)もすばらしいが、チョン・ジヒョンも負けてはいない。ここはこの映画の醍醐味の一つとも言える。チョン・ジヒョンといえば、小さい頃から美少女として巷では噂であったそうだが、それを鼻にかけない気さくさと、男前なサバサバ感が大きな魅力だ。映画でも、外見が美しい一方で、関西人のおばさんのように顔変化を繰り出す「彼女」のファニーさがちっとも猟奇的でなく、観客を一層虜にする。

彼女とチョン・ジヒョンの間にあまりにも親和性があり、チョン・ジヒョンはもしかして素のままで彼女を演じているのかと思ったほどだ。
さもありなん。チョン・ジヒョンはインタビューで、「彼女」のことを、

「猟奇的というと乱暴なイメージがありますが、(彼女は)自分の考えのある堂々とした芯の強い女性なのだと思います。
キョヌに対してちょっと乱暴になるだけ(笑) そう思っています。
(この映画は)おもしろい作品だし、これまでの役柄と違い、私に似てる部分が多いんです。性格的に彼女に似ている部分も私には多くあるので、自然に演じられます」

と述べている。


私たち観客もチョン・ジヒョンと彼女の間にそれほどの違和感を感じずに、伸び伸びと演技をしていたことが嬉しく思う。それはメイキングを見ていても十分に伝わってくる。エキストラが冗談を言うと手を叩いて大声でがははと笑ったり、スカートを気にせず大股で走ったり、細かいことを気にせず物事をざくざくと前に進めようとする姿勢だ。天に笑い、風の匂いを嗅ぎ、降り落ちる雨を避けない豪放磊落な姿だ。

チョン・ジヒョンは男を殴りつけることはしないだろうが、その他の意味では実に「彼女」そのものだ。それがこの映画の一番の魅力であり、その意味でベストキャスティングだった(ちなみに、チョン・ジヒョン自身はキョヌのようなタイプよりも、自分をリードしてくれる男性が好きで、今の旦那さんも正にそのようなタイプだそうだ)。

クァク・ジェヨン監督の娘さんがこの映画を観た時、「わたしもこんな女性になりたい!」と言ったそうだが、それほど「彼女」は魅力的な女性といえる。チョン・ジヒョンなしではこの評価はあり得なかっただろう。

「キョヌがやることは何もないんです。ただ殴られるだけなんです(笑)」---チャ・テヒョン

1.キョヌほど人身御供的な愛し方ができる男はいない。マゾ男道を究めることは生きること!

世界一のへたれ男キョヌを演じたチャ・テヒョンに拍手をしたい。

これだけ女に殴られているのを見ても、同情を覚えるより何より感動してしまう男なんてそうそういない。こんな優しい男にめぐり会いたかったと思わせてくれる。

この時からすでにコメディ王の風格漂うチャ・テヒョン

チャ・テヒョンはインタビューで、

「キョヌがやることは何もないんです。ただ殴られるだけなんです」と笑っていたが、実は、キョヌほど彼女のことをすべて理解し、手の中でうまく操縦していた男はいない。彼女が見合いをした相手の男に、彼女とつき合うための10か条を教えてあげ、彼女には「オレ以外の男には勝とうとしないで、一度くらいは負けてあげること」とアドバイスをあげる。すべては彼女に幸せになってほしいから。

このマゾ愛を極めた男キョヌを愛さない女はいない。
ただの薄っぺらなへたれではなく、愛し方が実に謙虚で奥深い。


チャ・テヒョン自体が女性に対して自分の生き方を押し付ける男ではなく、女性を思いやるタイプであることから、やはり彼もこの役は演じやすかったと言う。役者と役柄がぴったりと呼応し、世界一優しい男キョヌが誕生した。20年経ってもキョヌの人身御供的(ひとみごくうてき)な彼女への愛情を忘れることができない。ほんとうにすばらしかった。

(※人身御供:人間を神への生贄とすること)

2.ぎょぎょぎょ。歌手でもあったチャ・テヒョン

DVDのインタビューを観ていて、今更ながらびっくりしたのだが、チャ・テヒョンはこの当時、歌手でもあったという(今もなのか?)。制服ディスコシーンでの踊りの時に、当時リリースしていた自身の歌、 "I LOVE YOU" のダンスと重なる動きになってしまうと、うれしそうに笑っていた。

この言葉に仰天した私はその "I LOVE YOU" なる歌を探してみたのだが、動画を見つけて驚いた。まるでジャニーズ少年のように踊りながら歌っているチャ・テヒョンがいた。会場は女の子たちの黄色い悲鳴のような声が飛び交う。歌はうまいが、あまりのイメージの違いにぶっ飛んでしまった。役者チャ・テヒョン一本でやっていけばいいのにと苦笑。

でも聴いてあげてください。
歌手。これもチャ・テヒョンが目指したものです。
歌手活動が、彼の演技の肥やしになっていると信じたい。
(キョヌ、ほんとに彼女に殺されっぞー)

この映画が教えてくれたもの。何が衝撃的だったのか。

1. 韓国のエンターテイメント力の高さ

わたしは、映画やテレビ等のエンターテイメントの世界がもたらす最高のものというのは「人を楽しませるもの」「しあわせな気持ちにするもの」だと思っている。その意味で、この「猟奇的な彼女」というエンターテイメント力は想像を絶するほど高かった故に、当時心から驚いた。

既に書いたが、この作品は、日本大衆文化解禁が宣言されて間もなくに日本に入ってきた韓国の映画である。それまで韓国の映画・ドラマを日本よりは下流にちがいないとどこかで思い込んでいた日本人の常識はこの映画で粉々に砕け散った。どこにこんな力があったのか? いつの間に韓国? その意味で、ものすごく衝撃的で画期的な作品であった。まさに文化の黒船襲来だった。

キム・イルさん(旅館屋主、当たり屋ボス、駅長さんの3役をこなした)
よく見ると、なるほど同じ顔だ~

ちなみに、この映画は韓国政府が巨額の製作費を援助したものでも何でもなく、逆に製作費がかけられず、一人の俳優が何人も役をこなしたりしている。例えば、キム・イルさんはオクス旅館の主人、当たり屋のボス、地下鉄駅長と一人で3役もこなした。クァク・ジェヨン監督や助監督も人件費を浮かそうとエキストラをこなしながら製作したそうだ。そんな小さくてささやかな映画が韓国で大ヒットし、日本に渡ったところが運命のようで、またうれしい。

クァク・ジェヨン監督、人件費節約のためエキストラで加勢

上のシーンは、キョヌが彼女の見合い相手に十か条を助言した後、帰路、露店の酒屋に寄り、やけ酒を飲んでいるシーンである。キョヌの横でもそもそ飲んでるおっちゃんこそはクァク・ジェヨン監督である。これに気がつかなかった観客も多いのでは?

2. 人間はロマンチストであり、希望がほしい動物なのである。この映画には永遠の希望がある。

現実主義者の人はこの部分は読まなくてもいい。

あなたの言いたいことは分かる。目の前に映っている現象がすべてなので希望など要らない。世の中はなるようにしかならないので、「今」がすべてである。よって、「今」を生きていくことだけ考えなさいという現象主義者であり、現実主義者だ。

それも生き方としてはありだが、私からすれば楽しくない。今しか見ない生き方は虚無的であり、空疎である。それより人間はいくつになっても希望をもったほうが楽しいのだ。学生は電車の中で片思いのあの人に会えるかな。じーさんは今日の散歩道にあのばーさんに会えるかなという具合いにだ。

わたしはこの映画がただのラブコメで終わらなかったことが本当にうれしかった。この映画には哲学がある。生きていく上で確かな哲学がわかりやすく内包されている深い作品だ。


観客が一番感動したのは、もちろん言うまでもなく最後のシーンだろう。わたしはまさかキョヌの見合い相手が、彼女の見合い相手が当人同士になるとは思いもしなかったので、タネあかしされたその瞬間、言葉を失って胸がいっぱいになったことを覚えている。やられた・・・なんてすばらしい映画なんだろうと、涙がはらはらと流れるままに落ちた。

二人はまさに出会うべくして出会って、別れるべくして別れたが、再会すべくして再会した。そして運命の二人は固く手をつなぎ、もう二度と離れることはないのだというエンディングに拍手喝采した。


この運命という言葉。日本人も韓国人も特別に惹かれる響きがある。人はだれでも「幸せ」という運命にまるで「選ばれたかのように」導かれたいからだ。

どんなふうに転がっても最後に結ばれる運命があるならば、それを信じて生きてみようと、この映画を観た人ならば大半の人が熱く思っただろう。そこには希望が横たわっている

彼女が元彼を忘れようと苦しみ、乗り越えるのに3年の年月を要した。そして義理で行ったお見合いで、連絡のとれなかったキョヌと再会する。どんなに二人が離れても一つになる運命にあるという確信が得られた瞬間だ。その確信こそは彼女を元彼からやっと解放してくれるものとなるのである。


観客(とくに女性)は、彼女が解放されたのを見届けると同時に、自分も運命に選ばれるシンデレラになるのだとどこかで思い、意気揚々と映画館を出るのである。まるで栄養ドリンク剤のような映画なのだ。

本作の名言--「偶然とは、努力をした人に運命が与えてくれる橋である」

この言葉こそがこの映画が一番伝えたかったことだと思った。

2年後、キョヌとの約束の日に彼女は来なかった。
彼女が来たのは3年後であった。約束の木の下で、彼女はおじいさんにこう話す。

「2年なんてあっという間。私は何も決められずに、バカなことばかり考えていたの」
「どんなことを?」
「・・・結ばれる運命ならば、どこかで偶然会えると」

おじいさんは彼女に優しく言う。
「運命というのはね、努力した人にだけ偶然という橋をかけてくれるんだよ」


私もそうであるが、人はたまに運命に人生を任せたくなる。運命だからと言えば、余計なことを考えなくてもいいからである。思考の放棄である。もしくは無努力の放置プレイだ。

だが、この映画ははっきりと宣言する。努力した人にだけ運命は微笑むと。
キョヌは彼女と別れて虚無感に襲われた。毎日が空しくてたまらず、2年後再会した時に成長した自分を見せようと決意し、時間を大切にする。剣道、水泳、スカッシュ、ネットへの投稿・・・小さなことだが彼女に少しでも近づけるようにと毎日を一生懸命生きる。

一方、彼女も一人になって元彼を忘れようとする。2年後会おうと思えば会えたのに、中途半端なまま会いたくないと約束の木の下には行かなかった。3年後の同日、心の整理がついて木の下をやっと訪れた時、おじいさんに見上げた木が同じ木でないことを知らされ、やっと気がつく。

死んだ木と生きている木。それはまさに、元彼とキョヌの姿であり、どちらの木も同じように自分に優しい木陰を作ってくれていた。自分が気づこうと気づくまいと、自分に降り注がれる愛情はどちらも全く変わらないのだということ。素直な気持ちになって木陰に包まれる行為に、心の責めを負う必要などどこにもないのだということを、彼女は知る。


キョヌの変わらぬ彼女への愛情と、彼女の乗り越えたいと求める気持ち。二人の強い思いがこの偶然という橋(=再開)を登場させる。そう。人生を変えるのは運命ではなく、自分の思い=努力である。


この映画がこれほどヒットしたのは、この映画が単なる三流ラブコメで終わらず、人間の生という普遍性に一歩コミットした作品だからである。老若男女問わず、希望を与えてくれたからである。原作をこんなに素晴らしくシナリオ化したクァク・ジェヨン監督の非凡な才能を、ただただ称えたい!

監督すごい! 韓国人ってすごいよ!
カムサハムニダ~

猟奇的ファンなら覚えておこーぜ! 猟奇的な彼女とつき合う心得、十か条。

その一、女らしいことを要求してはいけない
その二、酒は3杯以上飲ませないこと。人を殴りまくるから
その三、カフェではコーラではなく、コーヒーを注文すること
その四、殴られたら痛くなくても痛いフリを。痛くても平気なフリを。
その五、会って100日目にはバラの花を一本講義室に。喜ぶから。
その六、剣道も習うこと
その七、時々留置場に行く覚悟を
その八、殺すって脅かされた時は、本当に死ぬつもりで
その九、足を痛がったら、靴を取り替えてあげること
その十、シナリオを書くのが好きなので、誉めてあげること

あなたの彼女がもしも猟奇的であれば、以上の十か条を守ってください。
この十か条さえ守れば、最低限殺されることはないでしょう。

あ、もう一つ加筆します。
飲み屋に行ったら、キムチチゲと焼酎ではなく、つぶ貝と焼酎を注文しましょう。つまみにはつぶ貝(코루벤이)! 彼女、何より喜びますから。

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「猟奇的な彼女」この映画は世界中の映画の中で、永遠の映画だ。出会えてよかった!
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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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