ドラマ ファンタジー

牛が主人公だ!牛の偉大さを知れ!「牛と一緒に7泊8日」(2010)

2019-11-10

むずかしくて分からない!そうだ!きれいなコン・ヒョジンと牛だけ見てればいいんだ!

作品情報

●評価 3.0★★★
●原題:소와 함께 여행하는 법(牛と一緒に旅する方法)
●2010年製作
●上映時間108分
●監督 イム・スルレ
●脚本 パク・キョンヒ、イム・スルレ
●出演
キム・ヨンピル、コン・ヒョジン、チョン・ググァン、イ・ヨンイ、チョ・スンヨン、ムン・チャンギル、

あらすじ

ソノキム・ヨンピル)は毎日を鬱々と暮らしていた。40にもなるのに親元で暮らし、毎日畑を耕し、耕牛の世話をするだけで一日が終わっていく。両親と叔母からまだ結婚しないのかと嫌味を言われることにほとほと疲れてきた。

そんなソノの癒しは詩の創作である。毎年受賞を狙って応募に励むがなかなか受賞ができない。酒におぼれた夜の話し相手は飼い犬のウォリアだけだ。

ある日、牛の世話に嫌気がさしたソノは、牛を売り飛ばしてやろうと思った。夜、トラックにこっそり牛を乗せて出発する。このまま牛糞処理で人生を終わりたくなかった。ソノは牛市に行くが、チョンドに行ったらもっといい値段で売れると聞き、チョンドに向かう。

チョンドに着くと、7年前に別れたヒョンスコン・ヒョジン)から連絡が入る。ヒョンスの夫ミンギュが亡くなったという。ソノとミンギュは親友であったが、ヒョンスのことで連絡は途絶えたままだった。親友のミンギュはソノを裏切り、ヒョンスを奪って結婚した。

葬儀場で久しぶりに会うヒョンスは、少しやつれていたが、相変わらず美しかった。酒が入ったソノは長年言えなかった心のわだかまりをヒョンスにぶつける。おまえらのことを忘れようとどれくらいつらい思いをしたか、分かっているのか。

翌日、別れも告げずに葬儀場を後にしたソノだが、ヒョンスから度重なるメールが届く。混乱するソノ。ヒョンスは夫とさよならするためにソノを利用しているのか。煮え切らないドロドロの男女の物語をよそ見に、牛は淡々と草を食む。はたしてソノは無事に牛を売ることができるのか? ヒョンスという傷心を乗り越えることができるのか?



※この先はネタバレがあります。未だ観ていない方は読まないことをお勧めします。


だれか助けて。この映画を理解しようとすると頭痛がする!

素直に言います。この映画、全然わかりませんでした・・・。そして共感できませんでした。だが、そんなこと言ってても仕方がないので、自分なりの解釈でレビューを書いていきます。あくまでも自分の勝手な考え故、あまり参考にしないでください。

この映画が韓国でも興行的に当たらなかったのは、やはり展開のむずかしさだろう。つまり、夢と現実がはっきり線引きできておらず混乱する(故意か)。そういう意味では、この映画は観客にとっては親切でない映画だといえる。私も観賞後、ややしばらく考え込んだ。はて、どこからどこまでが現実だったんだろうと。

ミンギュ、ヒョンス、ソノ。3人が仲良かった頃

この映画、私の勝手な解釈を言わせてもらうと、実は、ヒョンス(コン・ヒョジン)と結婚したのはソノ(キム・ヨンピル)であり、ミンギュは二人に裏切られて7年後孤独に事故死した。なんと幸せだったのはソノであり、孤独で不幸せな人生を生きたのはミンギュであった。つまり、この映画は最後の2分間、家族で畑を耕すシーンだけが現実であり、それ以外はすべてソノのミンギュへの贖罪という夢の中で起きている、と私は考えた。

最初、ミンギュ、ソノ、ヒョンスの3人は友達としてとても仲が良かった。だが、しばらくして親友ミンギュがヒョンスと付き合いはじめる。しかし、ヒョンスを好きな気持ちを消し去ることができないソノは、親友ミンギュからヒョンスを奪い結婚する。

だが、親友を裏切って自分だけ幸せになったという心の呵責に耐えられず、ソノは長年苦しんでいた。だからこそ、ソノは夢の中に逃避し、そこで自分につらい人生を与えようとする。両親や叔母に嫌味を言われて鬱々とした人生を送らせ、40過ぎても結婚もできず、金にもならない詩ばかり書いている極つぶしに仕立てる。夜は呑んだくれる酔っ払い、昼間は牛糞処理ばかりだ。こんな生活もうたくさんだと自分に不幸を味わせる。

また、夢の中に牛を登場させるが、それはソノが意識的に選んだものなのか否かは断言できない。私はむしろ仏様が牛に姿を変えてソノにぴたりと寄り添っていたように見えてならなかった。ソノが自責が高じて自分を殺さないように、あたたかくそばで見守るために。

ソノの自責の念が自身を夢に追い込む。この映画のほとんどは泡沫(うたかた)の夢である

夢の中。二人だけでミンギュの葬式をする

以下、ソノの贖罪夢だと思えるシーンを、一つずつ見ていこう。

①まず、ソノはミンギュの葬式に行く。するとヒョンスだけがそこにいて、家族も親戚さえも参列していない。事故死とはいえ、妻だけが葬式に出ているのは奇妙だ。これは現実ではなく、ソノの夢の中で起こっている。

②ソノは夢の中で、ヒョンスとミンギュに裏切られたみじめな被害者として自分を再構成する。ヒョンスに会った後、罪悪感を感じながら未亡人の彼女と関係をもったりする。

③また「マプソ寺」(なんてこった寺)なる変てこりんな寺と住職を登場させて、自分に説法をさせようとするが、住職はアル中の世俗坊主なのでまともな教えをもらえない。その間、牛は行方不明になるが、ソノが寺から出てくると、何もなかったかのように桜とたわむれている。まるで、そんな坊主と関わるなと言いたげな風だ。

④その後、牛に乗りたいという親子が現れ、牛の背に乗ったら人生が変わるかもしれないと言う。牛の背に乗った子供はすぐ落ちてしまい、ソノは親子と別れる。牛の背に乗ろうが人生は変わらない。落ちることもあるのだ。神事に頼るのもいいが、自分の足でしっかり歩んでいくべきとする暗示ではないか。

⑤牛を売るためにずっとトラックに乗せていると、牛は鼻血を出す。
牛医者が言う。「畑を耕す牛が長い間車に乗れば乗り物酔いもするし、疲れもする。牛の言う通りにしなさい。牛が行こうと言えば行き、休もうと言えば休むんだ」。その通りだ。人生は長い。不運なこともあるだろう。身の丈にあった悩みをもちなさい。忙しければ休むしかないことを教えてくれている。

⑥牛医者の孫女がソノの牛に「ハンス」という名前を付けてくれた。だが、この意味がいまいち推測できなかった・・・(すみません)

ヒョンスはミンギュのことばかり忍ぶ

⑥ソノはヒョンスと警察署と食事処で会うが、その度に彼女は意味深なことをソノに言う。恨みつらみを言うソノに「そんなにつらい?」「本当につらいのか、それとも既に消え去った痛みを思い出しているだけなのか、ようく考えてみて」彼女は淡々と言う。そして、ことあるごとにピーター、ピーター(ミンギュのあだ名)とミンギュを忍ぶ言葉を言う。これもソノのミンギュへの贖罪であろう。夢の中のヒョンスにミンギュのことだけを想わせている。

⑦ミンギュの49日の法要にソウルに行く。もちろん牛のハンスも一緒である。法要に来ていたミンギュの友達がソノを蹴りつけ、「おまえのせいでミンギュがどれだけ苦しんだと思っているんだ」となじる。真実が夢の中にも放たれた瞬間だ。そう。ソノが加害者であり、ミンギュが被害者だったのだ。うなだれるソノ。ヒョンスは殴られるソノを淡々と見ている。

⑧夢にいろいろな人物を登場させた後、ソノの心はだいぶと癒されてくる。つまり、現実を受け止められる自分になってきていた。
もうここらで夢を終わらせて自分を解放させるために、ソノはマプソ寺に忍び込み、住職たちが寝ているのを確かめて火をつける。放たれた火は夜空を煌々と照らして激しく燃える。そして、燃えた大地から、真白なハスの花が生えてくる。


ヒョンスに起こされると、テレビで由緒あるマプソ寺が燃え落ちたというニュースが流れていた。ソノは、「もう燃やしたり煮たりするのはやめて、家に帰ろう」とヒョンスに告げ、ヒョンスも安堵の表情を浮かべる。ようやく夢の終わりが宣言された。

畑を耕すハンス。

わたしの解釈が間違いでなければ、ここでソノの贖罪の夢は終わる。
そして、最後の2分が始まる。これこそが現実であり、ソノが一番手放したくない幸せであった。

ハンスとともに畑を耕すソノ家族。ヒョンスも嫁としてもちろん農作業に汗をかいている。いつもの時間、いつもの風景だ。休憩中、マッコリをハンスに与えるソノ。酔っぱらわないかしらと心配するヒョンス。他愛もない会話がしあわせを作っていた。

長い年月、ソノはミンギュを裏切ったことで苦しんできたが、ハンスと(夢の中で)旅をすることで、心が整理され癒される。マッコリをうまそうに飲むハンス。私は、ハンスがソノに、もう幸せになっていいんだよと言っているような気がしてならなかった。

ひっじょーに難しい映画ですが、わたしは以上のように解釈しました。
ああ・・・つかれた。たのむ! 監督、もっと易しく作ってほしいー。


※コン・ヒョジンさんがやけに美しかったのと、キム・ヨンピルさんのアナウンサーのような紳士な声がステキでした。この二人を目当てにこの映画を観るととても楽しめます。深く考えると、頭痛がする・・・。

挿入歌「500 マイルズ」by ピーター、ポール&マリー

ソノ、ヒョンス、ミンギュの3人が美しい友情を刻んでいた頃、お互いをポール、マリー、ピーターと呼び合っていた。なにもかもが美しく、怖いものなどなかった。このまま美しい時が永遠に続いていくと思っていた。

夢の中、ソノがヒョンスに会って昔の感情を思い出した時、車の中にあったCDをかける。美しいサウンドなのに、永遠を否定するかのようなノスタルジックな旋律に聞き入ってしまう。あの頃は何を信じていたんだろう。思い出そうとするソノ。

映画の挿入歌「500miles」は1963年Hedy West が作詞作曲したものだが、その後、たくさんの歌手にカバーされてきた。アメリカ大不況の際に故郷を離れて出稼ぎに行く労働者たちの心境を歌にしたものだが、ピーター、ポール&マリーの歌声が一番ノスタルジーを呼ぶ。生きていくために旅をしながら労働するしかなかった人たちの悲しみがよく伝わってくる。


美しい時は永遠に続かない。過去を見て泣いて暮らすか、前を見て歩いていくかどちらかしかないのだから。映画と挿入歌が見事に共鳴していて感動する。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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