ドラマ 青春

シム・ウンギョンが活き活きと演じる「サニー」 永遠の仲間たち (2011)

2019-08-20

人はだれでも一度は陽が当たる場所を歩いていた頃がある。悲しみのあまり覚えていないだけだ。

作品情報

●評価 5.0★★★★★
●制作 2011年
●上映時間 124分
●監督 カン・ヒョンチョル
●脚本 イ・ビョンホン
●出演
ユ・ホジョン、シム・ウンギョン、カン・ソラ、コ・スヒ、キム・ミニョン、ホン・ジニ、パクチンジュ、イ・ヨンギョン、ナム・ボラ、チン・ヒギョン


年をとったからこそ分かる主人公の気持ち

胸がいっぱいになった・・・
どうしたらいいんだろうこの切なさは・・・。

この映画を観たあなたの気持ちようくわかります。
今わたしは、ほんとうにその切なく涙ほろりの気持ちのまま、
このブログを書いています。

この映画をはじめて観た当時は45才 (2011) だったわたし。
(あれから8年の月日がたちました)

この映画を観た時、よくぞこの映画を作ってくれた!
と号泣して感謝したことを覚えている。

もしもわたしが20代、30代そこそこでこの映画を観ていたら、この映画の良さがこれほどまでにしみじみと感じたでしょうか? 答えは否です。
年を経た今だからこそ、この映画が思い出させてくれた青春時代という郷愁にますますの愛しさを覚えてしまいます。

今と過去を埋める作業の大切さ

物語は、主人公イム・ナミユ・ホジョン)が高校時代の友達ハ・チュナチン・ヒギョン)に病院で偶然に再会し、彼女が余命2ヶ月ということを知った時から始まります。

だいじょうぶ。決定的なネタ晴らしはしませんので安心してください。

わたしはこの映画の見どころは、たんに青春時代を振り返っただけでなく、
遠い過去と現在との空間を埋めようと、主人公のイム・ナミが必死になって走りはじめることにあると思う。

高校時代、7人の仲良しグループをサニーと名付け、どこに行くもなにをするにも一緒に行動し、子犬のようにころころと転がり合ったと思ったら、ケンカして泣いて、それでも一緒にいて。かけがえのない場所が、サニーだった。

そんな大切な仲間がある事件をきっかけにばらばれになり、それを忘れるかのように大人になっていった。ある日、ああ、あの子たちは今どうしているのだろうと気になる。あんなに濃密な時間を過ごした仲間だったのに。

どうして自分たちは別れ別れになってしまったのだろうと、ふと思う。

主人公イム・ナミが感じたのはたんに郷愁というノスタルジックなものでなく、昔から気づいていたのに見ないようにしていた、なにか心にぽかりと空いた穴を埋めたかった感情だ。

わたしたち観客は、イム・ナミが感じる焦燥感が切ないほどわかってしまい、自分の過去と投影して彼女がどうするのか、彼女たちの過去にはなにがあったのか、今、仲間はどういう生活を送っているのかに想像をふくらませていく。


25年が経ち、あれほど愛くるしかったサニーの仲間たちは、けっして幸せとは言いがたいそれぞれの人生を、悩みながら歩んでいた。

ジニは、裕福な男と結婚したが、豪奢な生活に浸り、豊胸手術にはまりまくる。チャンミは、仕事の成績がわるく保険会社をいつクビになるかと不安な日々を送り、クムオクは、長年お姑との関係に苦しみ、ポッキは水商売に手を出し、精神疾患をわずらう。そして、スジはモデルの仕事をしているらしいが消息がつかめない。

どうでしょう。この各々の暮らしぶりの設定って最高だと思いませんか?
どの人も人生に苦労して生きている。

どの人生が良い悪いではなく、人生はうまくいかないものという大前提の通り、彼女たちも例外なくもがきながら生きてきた。こういううまい設定は、多くの観客の共感を呼んだと思う。ああ自分たちもまったくそうだと。

サニーで振り返る自分

そして、わたしもそうなのであるが、昔、仲よかった友達と連絡が途絶えて25年も経つと、「ああ、あの子は元気だろうか。私はどうしてあの人と切れたままになっているのだろう」と、ふと考えたりする。

どうしてあの子のことを思いやってあげなかったんだろう、と。
もしも少しでも気にかけていたら、気負いもてらいもなく、折にふれ連絡をとり、「元気?どうしてる?」と気づかってあげたはずである。

答を探していくと、自分の人生を振り返った時あまり誇れる自分でなかったから、友人に連絡がとれなかったのだと思った。有名人でもなく、お金持ちでもなく、ただこつこつと暮らしてきた会社員だから。結婚もせず、家も買わず、動物も飼えず、ただひたすら安い給料の中でやりくりを重ね、人様に迷惑をかけないように生きてきた。

でも、そんな自分でも、もしも「どうしてる?元気?」と友人に声をかけることができたなら、わたしはもっともっと自分が好きになれたように思う。それだけは確かだ。もっと人生が豊かになったかもしれない。映画をみながらそんなことを考えた。はい余談でしたね。すみません。

仲間たちの紆余曲折の人生と比べて、イム・ミナは平凡な主婦ではあるけれど、一番しあわせな勝ち組人生ではなかっただろうか。イム・ミナの高校時代をシム・ウンギョンが見事に演じている。あのおどおどした、平凡で地味な女の子がこうして成長し、今、みんなをつなげる橋渡しとなっているのだから。

心にぽっかり空いていた穴を、サニーという青春の拠り所を、25年経った今たぐりよせ、過去と向き合おうとした主人公イム・ミナの奮闘を称えたい。でこぼこした人生でも耐えて生き抜いてきたサニーの仲間たちをほめたい。

ハ・チュナは死んでしまったけど、サニーの友情は永遠につづくんだろうな。

わたしも、自分の心にぽっかりと空いた穴を埋めに、
そろそろ過去と向き合わなければならないと思った。

うん。あの頃の友達に連絡をとろう。
わたしの「サニー」よ。

主題歌「サニー」 by ボニーM

この映画がこれほど大ヒットしたのは、
タイトルと同じこの主題曲「Sunny」がわたしたちにとてつもないノスタルジアをもたらすからではないでしょうか。

映画を観ながらこの曲を聴いた時、

あ、韓国でも日本と同じようにこの曲が好きだったんだ。
聴いただけでノスタルジアを感じるんだ。
胸が熱くなるんだ。そういう世代がいるんだ。

と、とてもうれしくなった。

Sunny” はボビー・ヘブ1966年に発表した曲。
フランク・シナトラ、トム・ジョーンズ、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、ホセ・フェリシアーノなどがカバーしていますが、
やっぱり一番わたしの耳に残っているのは、ドイツ出身のディスコバンド、ボビーMの Sunny です!

そして、Sunnyの日本語訳はいろいろあるのですが、
中でもわたしが一番好きな日本語訳は、およげ!対訳くん というところにあります。

ここの日本語訳は、サニー♪ のところを、カタカナでサニーではなく、わざわざ「太陽がふりそそぐ」と訳しているのですが、それがこの歌が伝えんとしていることをぴたりと当てているような感じがしてなんとも好きです。

日本人は英語の深いところがわからないので、「サニー♪」と人の名前のようにさらりと流してしまう傾向があると思うのですが、そうするとなかなか伝わらない部分があります。
サニーを、つまり「太陽がいっぱいふりそそいでいる状態」と訳すると、太陽という絶対的なものにたいする畏怖や感謝が伝わってくる。太陽はおれを裏切らないし、太陽がある限り、おれは前に進める。

つまり、太陽がふりそそぐ=神様の愛、というもっと深いところが感覚としてつたわってきます。日本人にも普遍的なものに愛されてこの世に生まれて、万(よろず)の神に守られているという感覚はわかりますよね。

いずれにせよ、わたしがこの深い意味も知らない、この世に生まれたての頃、1966年(わたしが1才だった頃)にこの曲が生まれ、世界中で大ヒットとなり、日本では安保闘争や高度経済成長を背景に卓袱台をかこんで家族団らん夕食をとる、なんていう昭和の生活が営まれていた。古き良き時代。

だから、この曲が流れると、その昭和への強烈な郷愁があふれでて、涙がこぼれ落ちそうになる。わたしたちはまさにその世代であった。
その後、何度もこの Sunny がカバーされてはヒットを繰り返し、サニーノスタルジアが世界中に受け継がれていったことがうれしい。

監督カン・ヨンチョルは脚本も手掛けたというこの「サニー」
1974年生まれの彼が、なぜこんなすばらしいノスタルジア旋風を仕掛けることができたのか。彼は、過去という人の心の扉をたたく天才なのか。

最高に幸せになる映画だ!

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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