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鬼才パク・チャヌク砲炸裂!「親切なクムジャさん」(2005)復讐シリーズ③

2019-11-24

13年間無実の罪で服役した女クムジャの生き様をどうぞ見てやってくださいまし。

作品情報

  • 受賞 2005 第26回 青龍映画賞 最優秀作品賞,女優主演賞(イ・ヨンエ)

  • 評価 5.0★★★★★
  • 原題 친절한 금자씨/SYMPATHY FOR LADY VENGEANCE
  • 制作 2005年
  • 上映時間 114分
  • 監督 パク・チャヌク
  • 脚本 チャン・ソギュン、パク・チャヌク
  • 出演
    イ・クムジャ(イ・ヨンエ)
    ペク先生(チェ・ミンシク)
    ジェニー、クムジャの娘(クォン・イェウォン)
    クンシク、ベーカリー店員(キム・シフ)
    チェ刑事(ナム・イル)
    宣教師(キム・ビョンオク)
    チャン氏、ベーカリー成瀬の店長(オ・ダルス)
    パク・イジョン、ペク先生の妻(イ・スンシン)
    ウ・ソヨン、受刑者、鉄工所経営、元銀行強盗(キム・ブソン)
    オ・スヒ、受刑者、彫像家(ラ・ミラン)
    魔女、受刑者(コ・スヒ)
    キム・ヤンヒ、受刑者、美容院経営者、元売春婦(ソ・ヨンジュ)
    コ・ソンスク、受刑者、元北朝鮮工作員(キム・ジング)
    ウォンモの父(キム・イクテ)
    ウォンモの母(イ・ヨンミ)
    拉致犯(ソン・ガンホ)
    拉致犯(シン・ハギュン)
    ウ・ソヨンの夫(コ・チャンソク)
    通行人(リュ・スンワン)
    警務官(イム・スギョン)
    ニュースアナウンサー(カン・ヘジョン)
    成長したウォンモ(ユ・ジテ)

あらすじ

イ・クムジャ(イ・ヨンエ)は罪人だ。6才の男の子ウォンモを誘拐した罪で刑務所に13年間服役。20才の時に起訴され、33になってようやく自由の身になれた。
逮捕された当時、クムジャのあまりの美貌と可憐な姿に世間の注目は集まった。マスメディアも事件を大きく取り上げ、犯行の残忍さとはあまりにかけ離れた美しすぎる犯人への取材合戦でヒートアップした。

そんなクムジャは刑務所の中でもひときわ注目を浴びる。キリスト教に帰依し、わたしたちは生まれながらにして罪人なのです、と告白。率先して信仰生活を実践する模範生となった。天使のように親切なクムジャは受刑者だけでなく刑務官からも愛され、刑務所の中でも一目置かれる人気者となった。

しかし、出所したその日から天使のクムジャは悪魔に変わる。刑務所の中での聖母のような面影はなくなり、彼女は13年間念入りに計画したある作戦を実行に移そうとしていた。先に出所していた元受刑者は我さきにと恩のあるクムジャを助ける。

クムジャはケーキ屋で働きながら、英語講師ペク先生(チェ・ミンシク)の一挙一投足(いっきょいっとうそく)を見張る。彼女の復讐の相手はこのペク先生だ。クムジャとペク先生には一体どんなことがあったのか。どんな憎しみが彼女を悪魔に変えたのか。

パク・チャヌク監督が贈る、美しくも切ない女ノワールの復讐劇。パイプオルガンの妖音に乗ってクムジャがペク先生の喉元にしなやかに忍び来る。13年の綿密に計画された恐ろしい計画が実行された時、衝撃の結末が観客を襲う。パク・チャヌク監督の復讐シリーズ。「オールド・ボーイ」、「復讐者に憐れみを」に続く第3弾! 覚悟しーやー。



※ここから先はネタバレが含まれます。未だ御覧になっていない方は読まないことをお勧めします。


何年経っても色あせない名作。鮮烈な映像美に心が奪われる。

14年経った今日再び観賞したが、あの時とまったく変わらない。いや、それ以上の感嘆に包まれてしまう自分に、ただただうれしくなる。

これほどすばらしい映画には、この先、そうそうお目にかかれない。断言できる。なにもかもがビビッドで、来る映像来る映像すべてが胸に強烈な印象を残す。まるで一本の重厚な絵巻物を見せてもらったような気持ちだ。

パク・チャヌク監督は、若い頃美術史学者を志しただけあって、映像が抜きんでて美しい。出て来るほとんどのシーンはアートフルで、見ているだけで楽しくなる。独特なカメラアングルも、魚眼的フレームも、童話の挿絵的世界も、すべてが遊園地に出て来るアトラクションのように観客の心を魅了して止まない。

パク・チャヌク監督の、アートフルな世界。
①刑務所 ②うたた寝するクムジャ ③半身獣を撃ち殺す

例えば、①刑務所の部屋だが、殺伐とした風景のはずが、レンジととブルーのおもちゃ部屋のように見えたり、②クムジャが鏡の前でうたた寝する場面は、祈りを捧げる乙女をモチーフにした古典的宗教画だ。③そのうたた寝しながら見る夢には、鉛のような雲空の下で半身獣を撃ち殺す女が登場する。恐ろしいほど怖いのに、ファンタジックな甘美さに目を伏せられない。ずっと見ていたいと思わせる誘惑がそこにある。

④大通へつづく石の階梯 ⑤ペク先生の部屋 ⑥クムジャの部屋

この他、光と影のコントラストが美しい、大通へつづく石の階梯、ペク先生の部屋、部屋で休むクムジャを囲む壁模様など、挙げたらキリがないほど、丹念に計算された映像美がつづく。

とくになどは、クリムトの絵画を思わせる妖々しい雰囲気が漂う。クムジャを覆う掛布団、枕、壁の模様と、どれもがクリムト的エロチシズムを意識しているように思えてならなかった。クムジャがエロチックなこの部屋で、ベーカリー店員のクンシクを脱がせて一晩寝た後の煙草の一服シーンは、これまた最高に怪しげな美しさにあふれていて、パク・チャヌクの繰り出す映像美に思わず酔いしれてしまう。


下品が一片もない。背景に溶け合う、上品でほんわりとしたエロ感の、ギリシャ彫刻を思わせる美しいイ・ヨンエの白くてなめらかな手足と、ほどよい肉感の胸・腰・ヒップのライン!

思わず、「見事!」と唸ってしまった。

煙草の煙さえも映像美を盛り立てる

まだまだこの他にもご紹介したいシーンがたくさんあった。
この映画は、これらの映像美を楽しむだけでも観る価値があるのだ。

すげーぞ。

・・

イ・ヨンエの圧倒的演技力! 錚々(そうそう)たる役者たちの登場。なのに個性がぶつかり合わない不思議さ。

主人公を演じたイ・ヨンエは、この作品で、2005 第26回 青龍映画賞 最優秀作品賞,女優主演賞を受賞している。ほんとうに素晴らしい演技であったが、この素晴らしさはパク・チャヌク監督が繰り広げた独特な映像美と演出があったからこそだとも思える。

すべてが丁寧に加工され自然を超えた映像美の中で、イ・ヨンエに要求されたのはともすると漫画チックな動作であったり、セリフであったりするのだが、そのすべてが見事に融合した時に、郷愁あふれたノスタルジックな世界観に一気に連れ去られてしまう心地良さこそが、2005年、この映画が世間の話題をかっさらった理由であろう。

イ・ヨンエは、千載一遇、すばらしい作品と出会い、これに出演してしまい、彼女の実力が惜しげもなく披露され、当然のことだが最高に評価されたのだ。


そして、そんな彼女を支えた脇役たちがこれまたすばらしかった。

今では映画界のスーパースターに名を連ねるソン・ガンホ、シン・ハギュン、チェ・ミンシク、オ・ダルス、ユ・ジテなど、だれもが主役をはれる個性の強い役者ばかりだが、誰一人角を立てることなく、パク・チャヌク色に染められた一つの作品の中にすとんと収まっている。すべてが各々の立ち位置でベクトルを同じくして作品を形作っていた。

2005年という過去の作品だと思わず、今だからこそ是非再度観てほしい。時を経たからこそ深くうなずいたり、思わず手を叩いたりしたくなる役者や瞬間が次々と出て来る。この映画、ほんとうに貴重だ!

なぜクムジャを善人に設定しなかったのか? 作品に感じる普通の人間像。人間の中に潜む悪と善を冷静に見つめる目。

この映画を観ていて不思議に思ったことがある。


なぜパク・チャヌク監督はクムジャをもっと幼気(いたいけ)なヒロインとして設定しなかったのだろうと。つまり、根っからの善人で人を疑うことを知らない100%天使のような人間としてクムジャが描かれていれば、そんなクムジャをそそのかし陥れたペク先生への復讐心はもっと観客に同情されるだろうし、盛り上がるのにと思ったからだ。

なのに、パク・チャヌク監督はクムジャをまるっきりの善なる被害者として描かず、善人とも悪人とも言えず(どちらかといえば悪人だ)中途半端な人間像として描いている。


つまりはこうだ。

彼女は高校生の時、つき合っていた彼氏の子供を妊娠する。ペク先生に泣きついて彼のもとに転がり込むが、先生と暮らす内に、その幼児性愛者としての性癖を知り、ウォンモ君の誘拐を手伝うことになる。そう。もともとクムジャは高校生で妊娠するという思慮分別が足らない未熟な女子生徒であり、そして先生に言われるがまま誘拐を手伝うという、これまた違法性の区別もできない不完全な人間だ。

こんな浅はかで無分別な人間にも拘わらず、最後ペク先生を拘束して被害者の親たちと一緒にじわじわ公開処刑するという、いくら子供と引き裂かれたからといって、クムジャにあまり同情する気持ちになれないというのが私の正直な感想だった(もしもクムジャの子供が幼児性愛者の被害者であったら、どれほど彼女に同情できただろう)。

よって、クムジャのためというよりは、被害児童の親御さんたちのために復讐をしたと考えることで、私は素直にこの復讐劇を楽しむことができた。被害児童の数が1人から4人に増えたことも、この復讐劇を説得性あるものにする演出だったと考える。さすがパク・チャヌク監督。

左)成長したウォンモ君(ユ・ジテ)  右)ウォンモにさるぐつわをかまされたクムジャ

最後、復讐を遂げてアイシャドウを落としたクムジャの前に、なぜか成長したウォンモ君ユ・ジテ)が現れる。

悲しそうにクムジャを見つめる目。クムジャが何かを言いかけると、彼女にさるぐつわをかまして、彼はすっと消えていく。悲しそうな目で。

クムジャは何を言いかけたのか?

たぶんこうだろう。
「ウォンモ、わたしが・・・あなたの敵(かたき)をとってあげたわ」と。

ウォンモは悲しそうに佇(たたず)み、何も言わなかったが、
私には、彼がクムジャの言葉を遮りながら、

「・・・あんたも殺(ヤ)ったじゃない?!」

と言外に言っているような気がしてならなかった。
つまり、あんたは復讐を遂げて、意気揚々正義面しているけど、あんたも俺を殺した一味だからね、と。

クムジャの顔に思い切り冷水を浴びせかけたこのシーン。
わたしはかなーーーーり、お気に入りでした。もしかして、この映画が一番言わんとしていた部分なのではないだろうか。


つまり、この映画はクムジャ万歳の映画ではぜったいにない。この映画は、クムジャの復讐劇を否定する映画なのですから。少なくても私はそう思っています。

雪空を見上げるクムジャ。復讐をして何を得られたのか。
この虚しさは何なのか。心の中に様々な思いがわき起こる。


最後、クムジャは真っ白なケーキを抱き、雪の中、娘ジェニーと立ち尽くしながら、ケーキに顔を押し付け、泣きながらこれをむさぼり食う。

彼女はただただつらかったのだろう。

13年間、ただひたすら復讐するためだけに、ウォンモの敵を討つために生きてきた。けれども、いざ敵を討ったはいいが、ウォンモに喜ばれていないどころか、自分の浅はかな心を見透かされてしまう。自分の犯した罪と真正面から向き合わず、自分を善の側にいる人間として振る舞ってきた。自分は一体いままで何をしてきたのだろう。


私には、クムジャが雪空を見上げる顔が、遠い空の向こうにいる神に必死に助けを求めているように見えてならなかった。そして、今度こそこのケーキのように、真白く、善く生きねばならないと真白いケーキをほおばるクムジャの姿は、この映画の中で一番美しく見えたシーンだった。

(白いケーキは、出所祝いに出される真白な豆腐を暗示したものであろう。二度と罪を犯さぬよう、白く清い心になって懸命に生きるという決意表明だ)

完全な人間などいない。
人間が美しいのは、腐った自分を最後まで抱えて、頭をぶつけながらも善く生きようと努力する姿だ。この映画は、そんな普通の人間の、一番美しい生き方を最後に教えてくれている。

クムジャ、がんばれ!
あんたの人生、これからやで~!

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「親切なクムジャさん」(2005)
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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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