ドラマ 青春

名優ソン・ガンホが演じた「タクシー運転⼿」(2016)

2019-09-05

光州事件、名も知れぬ一市民こそが歴史を作っていく

作品情報

●評価 4.5★★★★☆
●制作 2016年
●上映時間 137分
●原題 택시운전사(タクシー運転手)
●英 語 題 A Taxi Driver
●監督 チャン・フン
●脚本 チョ・スレ
●出演 
ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル、チェ・グィファ、ホ・ジョンド、コ・チャンソク、チョン・ジニョン

2017年 第38回青龍映画賞
最優秀作品賞、男優主演賞(ソン・ガンホ)受賞作品


実話に基づく映画。タクシー運転手が歴史の証人となる!

実話に基づいた話だそうだ。

1980年5月、ドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーター記者がキム・サボク氏(タクシー運転手)のタクシーに乗ってソウルから光州まで行き、戒厳令の中、政府軍が市民に発砲し弾圧するという衝撃的な報道を成し遂げたという。いわゆる光州事件を世界に知らしめた実話だ。

構成のためいささかデフォルメ感はあるものの、映画は、事件を知ったり思い出したりする契機にはなったと思う。とくにこの映画が封切りされた時は、ろうそく革命によってパク元大統領が失脚し、文在寅政権が誕生する数か月前だったということで、この映画は言うまでもなく爆発的に大ヒットした(韓国映画としては15番目に1000万人を超える観客動員を記録)。タイムリーな作品でしたね。

ソン・ガンホをはじめ登場する役者さんたちもすばらしいし、ストーリー展開もおもしろかった。主人公がタクシー運転手という無辜の一般市民がこうして歴史を作っていくのだという感慨があった。

光州事件ってなに? 日本人はよく知らない

映画は、主人公であるタクシー運転手のマンソプがソウルから光州市に行ってデモに巻き込まれて奔走する設定なので、この映画を楽しもうと思うと、まず光州事件って何なの?という点をきちんと押さえておいたほうがいいように思う。

私たち日本人にとって光州事件とは何なのかちゃんと知っている人は少ないように思う。光州事件を知ることは、現在と未来の韓国の政治状況を理解する上で欠かせないように思えるので、少し勉強してみよう。

光州事件(デモ)と聞くと日本人は、なにそれ?反日デモでしょ?という人もいるかもしれない。しかし光州事件は日本とは関係しておらず、むろん反日という要素もありえない。だからご安心ください。

この映画を見終えて、光州事件を調べれば調べるほど、すごい事件だということが分かってくる。反日デモ以外で、韓国人がこれほど熱くなったデモがあったんだ、韓国人ってすごいね!と変な意味で感動した。

1979年、朴正煕大統領が暗殺され、18年もの長きに渡った独裁政権が終わったと思ったら、同年、全斗煥大統領によるクーデターによって、野党の金大中金泳三の逮捕がされ、翌年、民主化を求める市民デモと戒厳軍との間に激しい小競り合いが発生し、やがて軍による市民の弾圧はエスカレートしていくことになる。

光州事件はただのデモではない。
戒厳軍は、銃やこん棒はもちろん、戦車まで出動させ、デモに参加した丸腰の学生や市民を銃殺、撲殺、拷問、略奪と無秩序に虐殺を繰り返し、挙句のはてに女性のデモ参加者を強姦して妊娠させるなどもしたという(政府は2018年に公式に謝罪している)。

文在寅大統領は公約でこの光州事件の被害者を再調査すると約束し、2018年5月には当時強姦されたという女性が名乗り出たそうだが、事件から38年経っている。政府はいままで何をしていたのだろうという気持ちがぬぐいきれない。

民主化のデモは韓国全土で起こっていたが、なぜ光州でとくに激化したのかというと、全羅南道の出身の金大中が光州では人気があったことから、彼の逮捕がデモに大きな影響を与えたと言われている。たった9日間ではあるが、市民側も武器を手に入れ、組織化して軍に応戦するほどであり、光州市はまさに血で血を争う戦場と化していく。

「タクシー運転手」の映像より

情報操作された閉鎖的な中で繰り広げられた民衆蜂起

運転手マンソプソン・ガンホ)は、ドイツ人記者ピーターを乗せて光州市のデモを取材に行くが、ほぼ40年前の話とあって、当時の通信のアナログ度に隔世の感を覚える。

まず、今ならカメラで撮った動画等は、一瞬にして無線LANに乗せて地球の裏側に飛ばすことが可能であるが、当時は、飛行機で出国してメモリを運び出さなければならなかった。まさに命がけで最新の情報を世界に届けてくれていたという点に、今さらながら気づいて感動した。

同時に、光州事件の情報コントロールの有様をみていると、今の文在寅政権の情報操作と酷似しているように思えてならない。全斗煥は当時のメディア媒体であるテレビ、ラジオ、新聞のすべてをコントロールしていた。一方で、文在寅は、上記に加えて、インターネットで政権批判を繰り返す者への発信受信にじわじわと制限をかけてきている。

右だろうが左だろうが関係ない。
為政者がとる行動はいつも同じ。情報のコントロールであり、教育による洗脳である。
光州事件以後、韓国政府は民衆蜂起の手ごわさを思い知り、反日教育に力を入れ、国民の思考を反日一色でしばりつけ、政府への疑問や民主主義の成長も考えないよう仕組まれているように思えてならない。国民はなぜそこに気が付かないのか。この映画は、わたしにいろいろなことを考えさせてくれる。

運転手キム・サボク氏の本当の姿

映画では、マンソプは滞納していた家賃を払うため、タクシー仲間の仕事を横取りして記者ピーターを乗せて光州まで行ったことになっているが、これは実際とは異なっているという。

実際のサボク氏は、1970年代からソウルパレスホテルでタクシーを走らせているが、外国人のお客さんを予約制で受け付けており、他人の仕事を横取りしていきなり走るということはなかったという。また、マンソプとは違い、日本語も英語も堪能で、つねに勉強を欠かさない努力家だったという。

そもそも、サボク氏ペーター氏との関係は、1980年いきなり出会ったのではなく、光州事件の5年ほど前からすでに交流があった。というのもサボク氏自身が民主化を支持していて、当時の民主化運動を進めていた韓国の大物たちと接点をもっていたという。つまりその世界の書をきちんと読み、その世界にきちんと出入りしていた人なのであった。
映画は「意外性」や「ハプニング」が大切なのでデフォルメしたのであろうが、実際のサボク氏はそもそもこういうしっかりした背景や思想をもった人物だったそうだ。詳しくは、サボク氏の息子のインタビュー記事があるのでそれを参照されたい。ここ。

「置かれた場所で咲きなさい」という有名な言葉があるが、サボク氏はまさにこれに徹した人生だったと思う。彼は自分の役割をようく熟知していた。

映画の中では、光州に着いたマンソプが「こんな危険なところやめましょう。早く帰りましょう」「デモなんてやるから国が怒るんだ。やらなきゃ弾圧もされないんだ」と怒る場面があるが、そんなマンソプも、自分に親切にしてくれた人々が銃で撃たれたり、ひきずられたり、虫けらのように殴られたりする姿を見るにつけ、疑問を募らせていく。

これは夢か。なぜこんなことが起きているのだろう。
韓国人がなぜ同じ韓国人にこれほどひどいことができるのだろう。

マンソプはさっさと自分だけでもソウルに帰りたい気持ちでいっぱいだったが、この事実を世界に知らせたいという気持ちに抗うことができず、民主化のために戦う人々の元へ戻る。

映画で感動だったのは、マンソプが周りの人々がそうであるように、とにかく自分に出来ることをしようと決意するところだ。つまり、記者ピーターの取材を手伝い、彼を空港に無事送り届けること。
そうすることで世界中に光州事件の虐殺を知らしめることができる。それが自分の使命だと悟って、走り出すところだ。

あの時、光州事件にかかわった人々それぞれが自分が「置かれた場所」を理解し、自分にできることを懸命にしたからこそ、光州事件はただの悲劇ではなく、今も韓国において人々に深い反省と感慨を与えてくれている。韓国人がはじめて下からの蜂起で民主化を成し遂げようとしたのであるから。

映画を見ることで、日本人として光州事件を見直せたことはとてもよかったと思う。しかし、世界中で、こんなすごい惨劇を繰り返して民主主義が勝ち取られてきたのに、昨今の選挙に行かない若人の情けなさにためいきばかりが出てしまう。民主主義はあらたな段階に入ったのか。選挙という民主主義のシステムを活用しても政治は変わらず、格差は広がり生活はよくならないという閉塞感に人々が疲れてきている。

政治家はわたしたちなんて怖くない。
怖いのは、わたしたちがもっている一票なんですよ。
だから、選挙に行こう。
民主主義は多くの犠牲の上に勝ち取られたものだから。

光州事件をのりこえてきた市民の痛みに感動する。

ぜひ観てください。
素晴らしい映画です。

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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