だれかに同調するな。まっすぐ疑え。目の前に広がるすべてものを!

作品情報
●評価 3.0★★★
●制作 2016年
●上映時間 156分
●原題 곡성(哭声)
●監督 ナ・ホンジン
●脚本 ナ・ホンジン
●出演
クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ、キム・ファンヒ、チャン・ソヨン、チョ・ハンチョル他
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※この先はネタバレが含まれます。まだ観ていない方は読まないことをお勧めします。
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気がつくと、主人公の共犯者になっている
ふかーい映画。
一晩過ぎて、考えれば考えるほど、やはりすごい映画だなと思う。
この映画とよく似た作風の「マルホランド・ドライブ」というデビッド・リンチ監督の作品があるけれど、リンチ監督のそれは「どうだ、俺の謎かけをおまえが解くのは10年早いわ」と上から目線でせせら笑う感じだったが、「哭声(コクソン)」は、それよりはるかに謙虚に、観客にはたと考えさせる感じの作品。
終わった後に、ああしまった。わたし、罪もない人を疑ってしまったかもしれない、と気づかされる映画であるように思う。
同じなぞかけ映画でもこうも違うんですね。ふむ。
じつは、わたしは謎かけ映画があまり好きではありません。
キライではないのですが、にがてな部類です。
わたしが映画に求めているのは、人生の「希望」や「再生」を感じさせてもらえる活力です。明日から、イヤだけどまた頑張って会社行くかな、と思わせてくれる元気であって、はてな? なんとなくはわかるけど、今の映画はなんだったんだろう??? と思考を振り回されるような映画がにがてです。
この映画はまさにそれに属する映画でしょう。
ネットでは、この映画にちらばめられたろいろな個所の謎解きがされているのでネタバレはそちらで確認すると良いかもしれません。
わたしは小さな謎解きは興味がないのでやりませんし、ナ・ホンジン監督もこの映画の完全な謎解きはどこにもしてないそうなので、映画ファンが自分たちでやるしかありません。
わたしが気にかけているのは、1つ1つの細かい謎解きではなく、この映画はなにを言わんとしていたのかということだけ。主題だけを気にかけて観ました。
この映画、なにを言いたかったのか。
鬼才ナ・ホンジン監督が仕掛けたものは何なのか。
のどかな田舎町にある男(國村隼)が来て住み始める。男は山の中の質素な空き家に住んでいたが、しばらくすると、村のあちこちの家で殺人事件が起こりはじめる。なぜだ? この男の仕業なのか? この男の正体は何なのか?
村中が騒然としはじめ、確たる証拠もないのに彼を疑いはじめる。
じつは観ているわたしたちも村の人と同じように、この男を疑いはじめ、どんどんとありもしない想像を膨らましはじめ、男の異様な形相と振る舞いも相まって、真っ黒な一点に走りつめていく。そこが仕掛けられたワナとも知らずに。
映画は、疑うことを捨てた人間たちに容赦なく襲いかかってくる。
ラストに衝撃的な結末がまっているのだが、そこではじめてわたしたち観客は、
「ああ、なんてこと」とつぶやき、ひざをがくりと落としてしまう。
「疑え。惑わされるな」というキャッチコピーをあんなに反芻していたのに。
自分はだまされないと思っていたのに。
「哭声(コクソン)」は見事に、わたしたちを主人公の警官(ジョング)の共犯者に仕立て上げ、エンディングロールを奏でていく。
共犯者になってしまった居心地の悪さと、なんでこうなってしまったのだろうと少し反省しながら、映画を思い出してみる。
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疑うことを放棄した人だけワナにかかっていく
なぜわたしは彼を疑い、
「自分」を疑うことを放棄したのだろう。
そこが最大の疑問だった。
わたしもまた主人公そのものだった。
主人公のジョング(警察官)は、噂を信じて、法の手続きを踏まず、たくさんの罪を犯した。住居侵入、器物損壊、傷害、死体遺棄。
多くの罪を犯しても、彼は自分の過ちに気づくことはなく、自分が正しいと最後まで信じた。ぞっとする連続だ。
笑いごとではない。映画の中だけの話ではない。
過去を振り返っても、人間はなんと多くの同じ過ちを犯してきただろう。
戦争がその中でも最たる過ちであろう。
なぜ私たちはこんなにいとも簡単に疑うことを放棄するのか。
簡単である。疑うことを放棄することは、「楽」だからである。
考えないということは楽であり、多数が良しとする方向へ歩いていけばなんとなく「安心」だからである。
社会の中で集団で生きてきた人間は考えることを他人任せにする。他人任せにしてきたことで、平和が保たれた。それですんだ時代があった。
わたしは自分がまた同じワナにかかるような気がしてならない。
この映画、もう一度機会を見つけて、
また観たいと思いました。
また書きます。
読んでくださってありがとう。
※出演された國村隼さんのインタビュー記事があります。
これを読むと、作品の深さと監督ナ・ホンジンさんの鬼才ぶりがうかがえて非常に興味深かったです。興味のある方はどうぞ。
國村隼インタビュー 『哭声/コクソン』の過酷な現場でも意識した「お客さん」の存在
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