ドラマ 青春

心あたたまるロードムービー! 80年代初期の韓国にタイプトリップだ!「鯨とり -コレサニャン」(1984) アン・ソンギ主演

2020-01-20

人生は、自暴自棄になったり、だれかを憎んだりするためにあるんじゃない。おまえの中の鯨をつかまえるためにあるんだ!

※この映画は、捕鯨とは関係のない映画です。本作品での「鯨とり」とは「大きな目的を目指す」という意味であり、捕鯨を奨励することではありません。

作品情報

  • 受賞 1984 第4回 韓国映画評論家協会賞-最優秀作品賞・監督賞
     1984 第20回 百想芸術賞-大賞・作品賞・演技賞(アン・ソンギ)、新人賞(キム・スチョル)
  • 評価 3.5★★★☆
  • 制作 1984年
  • 日本公開 1988年
  • 上映時間 112分
  • 製作 ファン・ギソン
  • 原題 고래사냥(鯨とり コレサニャン) 意味(고래:鯨 사냥:狩猟)
  • 英語題 Whale Hunting
  • 原作 チェ・イノ
  • 制作会社 サミョン(三映)フィルム
  • 日本での発売・販売 西ヶ原字幕社
  • 監督 ペ・チャンホ
  • 脚本 チェ・イノ
  • 出演 
    アン・ソンギ --- ミヌ、乞食の親分
    イ・ミスク --- チュンジャ、春子、失語症の売春婦
    キム・スチョル --- ビョンテ、哲学科の学生
    ナム・スジョン --- ビョンテの腕時計を盗んだ女
    イ・デグン --- 売春宿の親分
    ファン・ゴン --- 売春宿親分の手下
    ナム・ポドン --- 売春宿親分の手下
    イ・ヘリョン --- 判事

    ・・

あらすじ(ネタバレなし)

意気地なしの大学生とインテリ乞食がひょんなことから出会い、売春宿で餌食にされかかっていたチュンジャを助けて、故郷牛島(ウド)まで旅するロードムービー。韓国で1984年興行成績第1位となった大ヒット作!


ピョンテ(キム・スチョル)は平凡な大学生だ。人生について学ぼうと哲学科を専攻したが、いざ大学に入っても悟りを開くどころか女のケツばかり追いかけている。美しいミラン(名前不詳)。彼女のことが頭から離れない。から相手にもされいない。どうすれば彼女に童貞を捧げ、結婚することができるのか。そんな下らないことばかり考えているピョンテだった。

ある日、ひょんなことから乞食のミヌ(アン・ソンギ)と知り合う。ピョンテが女窃盗犯にだまされ、あやうく監獄行きになるところをミヌが救ってくれのだ。ピョンテはミヌの自由な雰囲気になぜか引かれる。ミヌは確かに乞食だが、人をだまそうとしたり、貶めようとするぎらぎらした心をもたない。それどころか 一瞬一瞬を楽しく暮らしている。 朝は公衆便所で顔を洗い、身なりを整える。小銭を稼いでその日ぐらしをするが、不潔でもなければ卑屈でもない。

ミヌは、恋に悩むピョンテを笑い飛ばし、恋を成就させるべく一緒に大学に乗り込む。「女は強引な男に従うようにできてるんだ。殴れ」とアドバイスするが、素直なピョンテがその通りにミランを平手打ちすると、彼女は泣き出し、周りにいた学生を巻き込んで大騒動となる。愛するミランを殴ってしまった後悔と、どうなってもいいやと自暴自棄になったピョンテは「死んでやる!」と暴れまくる。

鯨をつかまえるまでは家には帰らないと意地を張るピョンテ。そんなピョンテをミヌはため息をつきながらも、少しだけ面倒を見てやることにする。まずはミランへの未練を捨てさせようとピョンテを売春宿に連れていくが、そこで思わぬ騒動に巻き込まれる。売春宿に入ったばかりの女チュンジャ(イ・ミスク)が客をとるのを拒み、怒った客が金を返せと暴れ出したのだ。売春宿の親分も出てきてチュンジャを殴りつける。失語症で話すことができないチュンジャは、ただ泣くばかりだった。ピョンテは素朴なチュンジャに心惹かれ、彼女の部屋に泊まることになる。

翌朝、ピョンテは、チュンジャが故郷牛島(ウド)に帰りたがっていることを知り、彼女を売春宿から連れ去り、故郷へ送り届けてあげようと決意する。ミヌはピョンテの大それた計画に反対だったが、チュンジェがピョンテの鯨だと気づき、協力を約束する。すぐに売春宿に忍び込み、親分に襲われそうになっているチュンジェを間一髪で救い出し、3人で逃げる。

牛島(ウド)までの道のりは遠い。しかも極寒の冬のど真ん中だ。売春宿の親分たちに追われながら、必死になって牛島を目指す3人。果たして彼らは牛島まで無事にチュンジャを送り届けることができるのか?!



※この先は、ネタバレが含まれます。未だ御覧になってない方は読まないことをお勧めします。


私の腐りまくった心を、一瞬だが温かくしてくれた「鯨とり」に心から感謝する!

1.結局ぜんぶいい人ばかりが登場するハートフルムービー!

アン・ソンギ、イ・ミスク、キム・スチョル

最近、パク・チャヌクの映画ばかり観ていたからか、心も頭も腐りかけていた。よかったこの映画を見て。ひと時だが、人間性を取り戻せた気がする(カムサハムニダマン、どうせ変態ワールドに回帰するが)。


「鯨とり」とーってもよかったです。感動した

ハンサムなアン・ソンギが演じる訳ありインテリ乞食、その不思議な魅力に惹かれるピョンテ(キム・スチョル)、可憐で美しいチュンジャ。3人の魅力は当然だが、3人を追いかけていた売春宿のボス(イ・デグン)も、最後はチュンジャを守ろうとするピョンテの一途な姿に負けて、チュンジャから手を引いて去っている。この映画、結局ぜんぶがぜんぶいい人じゃんかよ!と感動してしまうのだ。

そして、80年代の映画ならではの郷愁がそこここに感じられて、この点もすばらしかった。着ている服、歩き方、髪の毛のスタイル。聖子ちゃんカットの人もいた。道には子供があふれていて、何かというとすぐに集まってくる。みんなで笑い、みんなでご飯を食べる。日本だってこんな感じだったよなぁと涙ぐんでしまう。きっといいことばかりでなく、つらいことも多かったのだろう。でも時代ってそんなものなのだ。後から振り返るといいことばかりしか思い浮かばない。

2.なぜこの映画がこれほどまでに愛され、今もなお胸を打つ作品でいつづけられるのか?

ピカデリー劇場。1984年3月31日公開を宣伝するちらし。まるで昭和の初期だ!

この映画、1984年当時、約43万人の観客を動員し、興行成績第1位を記録する大ヒットとなった。前年の動員数1位の「新西遊記」の17万5,729人と比べると、映画が娯楽として見事に復活を成し遂げている。 なぜ、この映画がこれほどまでに愛され、今もなお胸を打つ作品でいられるのだろうか?

たしかに、この映画は、乞食と学生が、大都会で悪い奴らにつかまったチュンジャという田舎娘を救い出し、故郷の母の元に届けるという単純なロードムービーに過ぎない。だが、80年代の韓国は全斗煥大統領の下、一般大衆の思想や言論の自由が奪い去られた時代だ。厳戒令の下、民主化を求める学生や労働者たちが熾烈な政治的弾圧を受けた暗く悲しい時代である。そんな世相の中、この映画が当時の韓国の一般大衆に与えた影響は単なる娯楽を超えて、熱狂的な人気を博した。

アン・ソンギが演じた乞食ミヌは、すれ違った老教授が覚えているぐらいの、相当優秀な学生だったのだろう。訳ありインテリ乞食だ。学問の府を去ったミヌが選んだのは乞食という生き方である。乞食のミヌは実に生き生きとしている。まったく自分を恥じることなく、堂々として物怖じせず、常に豪放磊落(ごうほうらいらく)、活溌溌地(かっぱはっち)する。ミヌは落ち込むピョンテを励まそうとチュンジャを牛島まで届けることを手伝うが、極寒の中、二人で無謀ともみえる初志を成し遂げようとする様子は、見ている人を心から感動させる。

それもこれも、そこには「自由」が余すことなく描かれているからだ。職業を選ぶ自由、言いたいことを言う自由、泣く自由、苦しくても成し遂げる自由。自分がこれだと思う女性をまっすぐ愛する自由・・・。長く苦しい圧政に鬱屈していた人々にとって説教くさい思想映画より、「鯨とり」のように自由に笑ったり泣いたりする映画に人々は強烈に惹きつけられ、慰めらた。その意味で、この映画が果たした役割は大きかったものがある。心から尊敬せざるを得ない。すごい映画ですよこれ。


ちなみに、残念ですがこの映画、現在レンタルではほとんど出回ってなく、購入するしかない希少な作品となっている。
日本では、西ヶ原字幕社が唯一ビデオグラム権を取得して、DVDとして販売している。少々高いが、わたしはどうしても字幕付きで見たかったので、ここから購入した(アフィリじゃありませんのでご安心ください)。

印象的なシーン。ピョンテの初体験とベッドシーン、電車に飛び乗るシーン他

1.どうしてピョンテとチュンジャがそういう関係になるの? なんで?

残念だったのは、ピョンテとチュンジャが売春宿でそういう関係になる展開にちょっと疑問をもった。

二人がそういう関係にならずに、最後までトリップを続けてくれたらよかったのに。そのほうがずっと男らしいし、まさに「いよ!鯨とり!」ってかんじがしたのに、と残念だった。

ピョンテは、自分の童貞を愛する人に捧げて、その人と添い遂げたいという夢をもっていたのだが、酔っていたからか、売春宿に連れて来られて泣いていたチュンジャの部屋に行き、「(ぼくは)怖くないよ。何もしないよ」みたいなことを言いながら、恐怖で震えている女性にキスをして、そういう関係に持ち込むのはどうなのかなと。しかもこの子失語症なんですぞ?! いくらチュンジャが承諾し、抵抗をしなかったとしてもだ。もう少しお互いのことを知り合ってから、納得してからそういうことってしない? 毒女は古風すぎる? わたし、こう見えても節操にはうるさいのよね。

ただ、その後のベッドシーンは、さすが80年代! すべて写真で動きなし! さわやかにスライドショーして終わり。スライドショーでのベッドシーンの表現って、昔ならではで逆に驚くほど新鮮!に思えた。わたしはベッドシーンなんてなくても映画は成立する!と断言する派なので(パク・チャヌク師匠ごめんなさい!)、この露出少なめは大絶賛したい!!! すばらしい。観てない方は是非見てもらいたい。ここではアップしませんが。

2.電車に飛び乗るシーン。めちゃくちゃ危ない!死人が出てもおかしくない!

追っ手から逃れて、電車の上で一休み

3人が追っ手から逃れて電車に飛び乗るシーンがあるが、そのシーンにはもう度肝を抜かした!

これは、キム・スチョルさんもインタビューの中で言及していたが、わたしも同じことを考えていた。電車のスピードが恐ろしく早くて、通常ならトロッコのようにコトコトと走るものに飛び乗るのだが、この映画はまったく違うのだ。普通に走っている電車に飛び乗るのだから、人間技ではない!下手したら車輪に足が挟まって切断したり、命を落としていてもおかしくないほど危険なのだ。これを、チュンジャ(イ・ミスク)さんもやったのだあろうか? 女性なら絶対にできないと思えるスピードだ。遠目で見るとイ・ミスクさんもやっているように見えるのだが、スタントマンがやったのかな?

キム・スチョルさんももっと電車のスピードを遅くするのかと思っていたらそうではなかったので、死ぬかと思ったと述べている。ペ・チャンホ監督って、役者をスタントマン扱いする恐ろしい監督だ。この男、要注意。

3.極寒の海でほたえまくるシーン!寒かっただろうなぁ。自由って大変だ。

極寒の海ではしゃぐピョンテとチュンジャ(左)、ミヌ(右)

3人が目的地の牛島まであと少しというところまで来たシーンだ。海にたどり着いて、うれしかったからか、子供のようにきゃっきゃと波とたわむれるシーンなのだが、このシーンを見ていて涙を抑えることができなかった。

上の写真、右のミヌ(アン・ソンギ)を見てもらいたい。上着を脱ぎ棄て、極寒の海で水浴びをしている。長旅の末、ようやくここまでたどり着いたという、うれしさあまりの演技だろうが、もう気の毒で気の毒で仕方がなかった。だって、極寒なんだもん。

当時の観客もたぶんわたしと同じように驚いたと思う。ただ、こういうシーン一つとっても、そこには何にも縛られないミヌの奔放に生きる自由を感じて、人々は熱狂したんだろうと思うと、これはこれでよかったのかと。

ちなみにこの映画の当初の設定は夏だったそうで、それが冬にずれ込んで撮影されたことからこの光景となったのだろうか? まぁどうでもいい。きっと夏は夏で、この映画、とんでもないことをやらかしてくれたのだろうから。

そう。この映画は、常識を覆す「自由」を楽しむ映画なのだから

結局、チュンジャの故郷牛島(ウド)ってどこにあるの? 探し出すことができなかった! 情報求む!

韓国のサイトを含めていろいろ探したのだが、チュンジャの故郷牛島(ウド)がどこにあるのかがわからなかった。お恥ずかしい。この記事を読んだ方で、牛島がどこにあるのか知っていたら是非教えてほしい。

チュンジャを売春宿から救い出した3人が目指した牛島は、乞食ミヌの話では  東海岸の端にある  という。東海岸の端にそんな牛島なんてものがあるのかと、なめくるように調べてみたのだが、どうしても見つからない。あったのは済州島の東側にあった小さな島だった。名前はもちろん牛島(ウド)。しかし、その島の形が映画に出て来る牛島とは似て非なるものがあるのだ。

済州島の東側にあるのも牛島(ウド)。
目指したのはここなのか?

もしも済州島の東側にある小さな島がチュンジャの故郷牛島ならば、東海岸の端にあるというミヌの言葉とまったく合致しない。わたしは映画に出て来る地理的な位置関係に激しくこだわるタイプなので(理由は単に楽しいから!♥)、ほんとうに誰か知っていたら教えてほしいです。

情報よろしくお願いいたします!
あざーす。

ピョンテを演じたキム・スチョルさん! 音楽家としての自分はいつまでもぶれない! ナドヤカンダを演奏&熱唱!(2015)

キム・スチョルさんが歌ってくれてる! この時スチョルさん58才! 観客もみんな往年のファンが押し寄せ、会場は熱気ムンムン。
ロックしてますねー! 

映画「鯨とり」の音楽は、主人公ピョンテを演じたキム・スチョルさんがすべて担当。ナドヤカンダ(僕も行くよ)みたいなロック調だけでなく、フルートと伝統楽器の笛を合わせた曲や、国楽歌謡「별리(別離)」も作曲した。各々のシーンに合わせてジャンル関係なく作ったというから恐れ入る。

キム・スチョルさんは、77年からテレビに出始めたが、もともとは音楽の作曲と演奏を志して人生を歩んでこられた。70年代朴正熙政権下では、音楽の検閲まで厳しかったというが、そんな暗黒の時代を経て、今では韓国の音楽界で押しも押されぬ重鎮となっている。映画では、「西便制 - 風の丘を越えて」、「太白山脈」、「祝祭」などの音楽を担当、はては88年のソウルオリンピック、2002年の日韓ワールドカップの音楽を担当したというすごい人なのだ。

歌手というよりは音楽家として日々の研鑽を怠らないという。メインはもちろん愛するギターだ。学生の頃、音楽では食っていけないからと親に反対され、音楽と縁を切ろうとしていたところ、知り合いであったアン・ソンギさんから「鯨とり」の映画を一緒に作ろうと誘われ、音楽との縁切りを免れたというからおもしろいエピソードだ。人生はなにがあるか分からない。

DVD「鯨とり~コレサニャン」には、2011年に収録したキム・スチョルさんの映画インタビューが特典映像としてあるが、40分間のインタビュー中、計20分以上は ギター愛 について熱っぽく語っている(というよりは、やはり音楽好きの司会者が語らせている)。尊敬するギタリストは、ジェフ・ベックとピンク・フロイドのデイビッド・ギルモアだという(う、ついていけない)。音楽小僧のキム・スチョルさんがうれしそうに話してくれているので、演奏者としての音楽好きにはたまらない特典映像だ。


後日譚であるが、スタッフがキム・スチョルさんにインタビューの謝礼代を渡したのだが、渡した同じ金額をもって後日キム・スチョルさんが現れ、福島の原発事故の支援に寄付してほしいと言って渡したそうだ。ほんと、涙が出ますねこれ。ありがとうキム・スチョル氏。みんな、音楽を言語にしようよ。国家とか歴史とか民族とか、そんなもの関係なくあってほしい。

キム・スチョルさん。2011年、鯨とりのインタビューにて

 

「鯨とり」(1984)を観賞したい方! 以下の動画からどうぞ。

①Youtubeから(字幕なし)

by 한국고전영화 Korean Classic Film (Youtube)


②DVDを購入する(字幕あり)

日本語字幕なきゃダメという方は、購入してください。
鯨とりDVD 公式サイト ←私もここから購入しました(笑)

Amazonで購入したい方

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毒女 悦子

韓国映画をみてハッと胸をわしづかみにされたことありませんか?
悲しい時つらい時に韓国映画を見て、心がほんのすこし救われたことありませんか? しあわせを感じたことありませんか?

わたしはたくさんあります。

韓国映画のもつ奥深さになぐさめられたり、息もできない胸苦しさを覚えたり、一日中その余韻に浸ったり、夢の中まで追いかけられたり。 韓国映画に流れるあたたかいもの、残忍なもの、切ない永遠のものに、 ずっとずっと恋をしています。

同じ気持ちの人たちとつながっていたい。

アラフィフ。老後が心配。
でも死ぬまで韓国映画を抱きしめているぞ。

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